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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1767冊目】岡田尊司『マインド・コントロール』

災害・リスク・危機管理

マインド・コントロール

マインド・コントロール

人の心を操る「メソッド」が、存在する。

一定の「手順」にさえ従えば、誰がやっても、ほとんど誰の心でも支配できる。ウソだと思ったら、本書を読むことだ。

キーワードは「トンネル」だ。外部の世界から遮断し、視野を小さな一点に集中させること、つまりは「トンネルの中にいるような状態」に相手を置くのである。これがマインドコントロールの要諦だ。

だからカルトの多くは、信者を世間から切り離して集団生活をさせる。外部からの情報もブロックして、教団の「教え」に絶対的な価値を与える。同時に集団の中で相互監視をさせ、「裏切り者」探しをさせれば完璧だ。誰もが「裏切り者」にならないよう、我先に忠誠を誓うからだ。

こうした「トンネル」は、実はカルトだけではない。ファシズムも、軍国主義も、学校や会社も、多かれ少なかれ同じ構造をもっている。暴力を振るう夫が妻を支配する構造も、いじめっ子がいじめられっ子を支配する構造も、カルトや軍隊と相似形だ。外部から切り離された空間で、相手を視野狭窄に陥れるという意味で。

だから、マインド・コントロールは決して、一部の「怪しげな宗教団体」だけの話ではない。むしろ似たような構造は、特に現代の日本のようなアトム化したバラバラの社会では、至るところに存在する。死ぬまで働かされる会社も、体罰が日常化した運動部も、意識しているかどうかはともかくとして、たいてい何らかのマインド・コントロールが働いている。

本書はそうした「人が人の心を操る仕組み」について、歴史をさかのぼって考察した一冊だ。そこには大きく二つの流れが存在する。一つは催眠や暗示による無意識へのアプローチ、もう一つは行動に直接働きかけるアプローチである。そして著者によれば、歴史が古いのは前者だが、近代的なマインド・コントロールの主役は後者であるらしい。

ちなみに、「行動」に働きかけるアプローチが始まったのは、革命期のロシアであるという。特にレーニンによって重用されたというイアン・パブロフの「研究」がおもしろい。そう、あの「パブロフの犬」で有名なパブロフだ。

パブロフの犬」はご存知だろうか。犬に対してベルを鳴らしてから餌を与えることを繰り返すと、そのうちベルを鳴らしただけでヨダレが出てくるという、例のアレだ。ところが、私も本書ではじめて知ったのだが、この実験には続きがあるという。いったん「ベルを鳴らしただけでヨダレが出る」ようにした犬に対して、今度はベルを鳴らした後に餌を与えたり与えなかったりと一貫性のない対応をすると、犬の反応も次第に、ベルの音を聞いてもヨダレが出なかったり、小さなベルの音にだけ反応したりと混乱してくるというのである。

実はこの「混乱状態」こそが、洗脳のための重要なプロセスになってくる。いったんつくりあげた依存関係をわざと壊したり、また復活させたりするのだ。そうなると人はどうなるか、おわかりだろうか。

「突然そうした状況に陥ると、本人は混乱し、何が悪かったのかと自分を振り返ったり、責めたり、相手の気持ちを推し量ろうと、もっとびくびく相手の顔色をうかがうようになる。そんな心理状態をしばらく味わわせ、緊張が高まりきったところで、何が気に入らないかをほのめかす。不安な心理状態におかれているだけに、この不安定な状態を解消できるのなら、喜んで妥協し、相手のいいなりになる」(p.146)


言うまでもなく、これこそ親が子供を、夫が妻を、上司が部下を心理的に支配する時の「定番テクニック」である。何をすれば怒られるか、完全に予測できる状況は、まだたいしたストレスではない。被支配者にとって一番怖いのは「気まぐれな暴君」なのだ。そこを衝いて揺さぶることで、相手の心理を自分にべったりと従属させるのが、この方法だ。

さて、パブロフの研究にはさらに先がある。パブロフの研究室があったレニングラードをある日大洪水が襲い、檻の中にいた「パブロフの犬」たちは、水没寸前にすんでのところで救い出された。するとなんと、犬たちの身に沁みついていたはずの条件反射が、すっかり消えてなくなっていたというのだ。

このエピソードもまた、現代の洗脳技術につながる重大な発見を生んだ。極限状態に追い詰められることで「既成のプログラムが解除され、プログラムの書き換えが起きやすくなる」というのである。言い換えれば、洗脳の邪魔になる既成の価値観を消去したければ、短い睡眠や理不尽な長時間の罵倒・暴力などの過酷な極限状態に相手を追いこめばよいのである。

こうした「マインド・コントロール」が何より恐ろしいのは、人の心の「構造」を熟知して組み立てられている点だ。だからこそマインド・コントロールは、プロの手にかかれば、ほとんど絶対に逃れようがないのである。人間であれば誰もがもっている本質的な弱点を容赦なく衝いてくるのが、マインド・コントロールなのだ。

本書には、歴史上、実際に行われてきた洗脳と人間操作の具体的なノウハウが、ここまで書いていいのだろか、と心配になるくらい、明快かつ具体的に書かれている。人を操ろうと思っている人にとってバイブル的な存在になるかもしれない、危険な本である。

にもかかわらず本書が書かれた意味は、実際にマインド・コントロールから逃れるほとんど唯一の方法が「こうしたワナや危険を認識し、"免疫"をつけること」(p.214)であるからなのだ。要するに、マインド・コントロールにかからないためには、「これってマインド・コントロールではないか」と認識するしかないのである。

その意味で、本書は現代人必読の「ワクチン」だ。ただし、自分が「社会適応」できていると思っている人、学校や会社になじんでいると自認する人は、読まない方がいいかもしれない。自分が単に学校や会社に洗脳されてるだけだと気付いてしまい、社会不適応者(=まともな人間)になってしまっても責任は負えないから、そのつもりで。