自治体職員の読書ノート

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【1766冊目】山本文緒『あなたには帰る家がある』

この著者の本は、これが初めてだったが、とにかく巧くてびっくり。なんでもっと早く読んでおかなかったんだろう。

横柄で嫌われ者の夫、太郎と美人でおとなしい妻、綾子という「なんでこの女性がこいつに?」的夫婦の茄子田家と、ハウジングメーカーに勤める夫、秀明とちょっと子どもっぽい妻、真弓の佐藤家。二組の夫婦の微妙な絡まり合いを、不倫を軸に描いていくのだが、とにかく絶妙なのが心理描写。ちょっとした心のさざなみを捉える機微から、人生を振り返る問いの深さまで、このリアリティはタダゴトではない。

しかもそれが、たとえばある時は真弓の心情に沿っていたかと思うと、次は真弓を眺める夫の秀明の視点に切り替わるというように、くるくる入れ替わっていく。この切り替えが絶妙で、なんだか、よくできた少女マンガを読んでいるような気分なのだ。

そう、これは(よい意味で)マンガなのだ。マンガって、元来、そうしたことがやりやすいようにできている。コマ単位でAの心理描写→それを眺めるBの心理描写、といった切り替えは日常茶飯事だし、それによって多くの登場人物の心理を重層的に浮かび上がらせる。小説はもともと、そうした切り替えをコロコロやるには不便な表現形態のはずなのだが、著者はそれに近い事をやってのけている。

本書(角川文庫版)についている「二十年後のあとがき」によると、著者は本書を書いた頃、小説を一人称で書くか、三人称で書くか迷っていたという。その結果生まれたのが、おそらく三人称の客観と一人称の主観を融合させ、高速で主観を切り替えていくこの小説だったのだろう。

内容について言えば、一言でいえば不倫の怖さと、夫婦の再生である。最初は清楚で美人の、男からみれば夢のような女性として描かれている綾子がどんどん失墜し、一方で「頭が悪い」「子供みたい」と酷評されていた(男から見れば正直たいへん面倒くさい)真弓が社会に出て道を切り開くなかで成長していく、そのコントラストが鮮やかだ。

一方、男性について言えば綾子と浮気する秀明は最後は腑抜けのようになってしまうし、秀明を寝取られた茄子田太郎は、一貫して「嫌な奴」扱いのキャラだったが、ラストでちょっとだけ良いところが見えてくる。

因果応報、と言えばそれまでだが、この小説の醍醐味は、不倫関係にあった秀明と綾子の「壊れ方」を砂かぶりで見物することである。結婚したのになかなか腰が定まらない人、今の結婚は失敗したと思っている人、たまには浮気ぐらいは……程度に考えている人は、この小説を読むとよい。入口程度しか見えていなかった浮気と不倫のジェットコースターが、その末路に至るまで一望できる。目を覚まさせられること請け合いだ。

ただ、タクシーでのすれ違い、レストランでの「たまたまの出会い」など、偶発的要素が強いのは気になるところ(これも「マンガ」か)。ハウジングメーカーの夫と生命保険のセールスレディの妻が、「たまたま」同じ人に営業をかけるなんて、あまりにもご都合主義であろう。それを「都合のよい偶然」ではなく「運命」「因縁」と思わせるだけの迫力があれば、この小説はもっと凄かったのではなかろうか。