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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1764冊目】高原英理編『リテラリーゴシック・イン・ジャパン』

謎・恐怖・幻想

中川多理の人形を表紙にもってくるセンスに脱帽。敬意を表して則ジャケ買いした。

日本の作家による「文学的ゴシック」を集めた一冊なのだが、そもそも「文学的ゴシック」「リテラリーゴシック」とは何なのか。まあ、本書の目次を見れば、だいたい「どんな作品」を並べたのか、なんとなく感じ取れるだろう。記事の終わりにインデックスを転記しておくので、気になる方はまずそちらを眺めてみてほしい。

ポイントは、最初から「ゴシック文学」として自己定義した作品だけでなく、むしろ「後から見たらゴシックだった」作品も(たぶんそちらのほうがたくさん)含まれている点だろう。ちなみに、冒頭には編者の「リテラリーゴシック宣言」があり、ここである程度の「予習」をすることもできる。

著者によると、リテラリーゴシック最大の特性は「不穏」であるという。なるほど、確かに本書に収録されているどの作品にも、「不穏」としか言いようのない何かがある。そこにあるのは「平穏を打ち破る恐ろしい、異様な、あるいは崇高な何かの現出、もしくはその予感」であり、ゴシックの特徴と思われがちな「野蛮・残酷」は、その表現形にすぎないのだ。

したがって、すべての野蛮さ、残酷さがゴシックになるわけではない。大規模な戦争犯罪やジェノサイド、部族間の抗争などは、かなり野蛮で残酷な事態を生むだろうが、それが「ゴシック」か、と問われると、多くの人は首をかしげるのではないか。

その原因を「崇高さ」に求めるのもアリだろうが、私はむしろ、ここにあるのは、人間の「弱さ」「哀しさ」であると思うのだ。確かにリテラリーゴシックは「不穏」である。しかしそれは、弱くて哀しい一人の人間が、世界の野蛮さや残酷さを見て見ぬふりすることができず、やむにやまれず突き進んでしまう結果としての不穏さなのだ。

たいていの人はもっと図太くて鈍感なので、世界の薄皮一枚めくればそこが地獄絵図であり、人間の皮膚をめくれば血と肉と臓物のカタマリであることを、知っていながら知らぬふりして人生を送っている。だが本書に出てくる人たちはそうではない。彼ら、彼女らは、どうしても「そこ」を看過できないのだ。そこを「なかったこと」にして、安閑と生きていくことができない。乙一の「暗黒系 Goth」に出てくる少年少女がそうであるように。幼児殺戮者「青髭」ジル・ド・レエがそうであったように。

だからここに収められた小説は、場合によってはグロテスクだったりおぞましいものであったりするが、にもかかわらず、どこかうら哀しいものをもっている。あえて皮を剥いで血まみれにならざるをえない、あえて血の海で内臓を啜らざるをえないような、信じがたいほどの孤独な悲哀。だから同じような悲哀をもつ人々を、「ゴス」は惹きつけるのだろう。

その意味で本書は、言葉は悪いが、ゴスな少年少女たちのための誘蛾灯のような一冊なのだ。いや、他人事のように書いているが、外見に一目ぼれして買ってしまった「わたし」もまた、同じ穴のムジナかもしれない。本書が「救いの一冊」になる人々は、決して少なくないはずだ。

そして、本書に収録されている作家にも、メジャーどころに混じって「ゴス」の悲哀を背負った作家がちらちら見受けられる。いろいろな作品があるなかでたまたま「文学的ゴシック」にあたるものがあった、という作家ではなく、まさにゴシックの申し子、ゴシックな世界しか描くことのできない作家だ。夜中に一人ひっそりと聞くような、ヒットチャートには決して載ることのない曲を書くミュージシャンのように。

本書は決して万人にオススメすべき一冊ではない。むしろ、明らかに読み手を選ぶ一冊だ。だがどこかピンとくるものがあり、本が自分を読んでいるような気がしたら、そこがまさに本書の「読み頃」だ。

リテラリーゴシックの世界へ、ようこそ。


「夜」北原白秋  
「絵本の春」泉鏡花
「毒もみのすきな署長さん」宮沢賢治
「残虐への郷愁」江戸川乱歩
「かいやぐら物語」横溝正史
失楽園殺人事件」小栗虫太郎
「月澹荘綺譚」三島由紀夫
「醜魔たち」倉橋由美子
僧帽筋塚本邦雄
塚本邦雄三十三首
「第九の欠落を含む十の詩篇高橋睦郎
「僧侶」吉岡実   
「薔薇の縛め」中井英夫
「幼児殺戮者」澁澤龍彦  
「就眠儀式」須永朝彦
「兎」金井美恵子 
葛原妙子三十三首
高柳重信十一句
「大広間」吉田知子
「紫色の丘」竹内健
「花曝れ首」赤江瀑
藤原月彦三十三句
「傳説」山尾悠子
「眉雨」古井由吉  
「春の滅び」皆川博子
「人攫いの午後」久世光彦
「暗黒系 Goth」乙一
「セカイ、蛮族、ぼく。」伊藤計劃
「ジャングリン・パパの愛撫の手」桜庭一樹
「逃げよう」京極夏彦
「老婆J」小川洋子
「ステーシー異聞 再殺部隊隊長の回想」大槻ケンヂ
「老年」倉阪鬼一郎
「ミンク」金原ひとみ
「デーモン日暮」木下古栗
「今日の心霊」藤野可織
「人魚の肉」中里友香
「壁」川口晴
「グレー・グレー」高原英理