自治体職員の読書ノート

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【1762冊目】山脇由貴子『震える学校』

以前読んだ『教室の悪魔』の「続編」。前作同様、児童心理司という「プロ」の立場から、現代の「いじめ」のすさまじい実情と、具体的な対応方法を教えてくれる一冊となっている。

「すさまじい実情」というのは、本書や前作をお読みいただいた方は分かるだろうが、誇張でもなんでもない。特に、本書に取り上げられている事例は、教師にとっては悪夢以外のなにものでもない。なにしろ、生徒たちから一日百件もの誹謗メールが来る教師、「暴力教師」「わいせつ教師」と保護者ぐるみで攻撃される教師などの事例が出てくるのだ。『GTO』に教師イジメのシーンが出てくるが、あれが「リアル」だと思ってもらえばだいたいよろしい。

個人的には、本書で一番ホラーでシュールなのは、生徒も親も教師も、みんなが「諦めて」しまっている学校の事例だった。調査をすれば二桁を超えるいじめの訴えが出てくる。しかし学校への要望欄には諦めの言葉が並ぶ。残業がなく苦情が少ないと教師には評判の良い学校だが、実態は教師が生徒に関心を向けず、何が起きていても放置していただけ。教師の目の前でクラス中が一斉に「死ね」とメールを送る。でも教師は何もしない。怖すぎる。

ネット社会がいじめを加速させ、見えづらくさせているという「二重性」も重要だ。信じがたいほどの「教師イジメ」も、ネットの匿名性が大きく関係している。以下の説明がすべてを語っている。

「いじめを注意した教師が、クラスで無視され、携帯の匿名メールで罵詈雑言を浴びせかけられるという事例を書いたが、これは教師であっても「いじめ」の循環に組み込まれる可能性を示している。リアル世界での関係だけであればありえないことも、メールの匿名性ゆえに可能になってしまった。このことが、「いじめ社会」を出口のないものにしてしまう。怯える教師は、もはや、いじめを注意すらできない。子どもたちは、ますます露骨に、ますます残酷に、いじめをエスカレートさせる。いじめられている人間は、文字通り、「死ぬしかない」とまで思いつめる」(p.99-100)


こうした袋小路のような状況に対して、著者が訴えるのは「信頼」を取り戻すことだ。子どもがいじめを受けても大人に訴えない大きな一因は、大人への信頼が失われていること。大人同士でも、教師同士が疑心暗鬼状態だったり、保護者と教師で相互不信に陥っていると、たいてい事態は悪循環する。

「現代の残酷で「傍観者」を許さないいじめは、根深い「不信」の土壌に蔓延するウイルスのようなものである。それをいじめ当事者の性格や生育環境の問題とし、「登校停止」などの個別の対処に終始するだけでは、何の解決にもならない。いじめは、本音をいえない空気を好む。嘘や隠蔽が行われる場所を好む。教員同士のコミュニケーションのなさや、教員と親の相互不信、子どもと大人の不信感、そのすき間に入り込んでくる」(p.105-6)


だから必要なのは、まずは大人社会の「信頼」の復興なのだ。だが、そもそも大人社会自体に深刻な相互不信がはびこっている。いじめがここまでひどくなった一因は、そうした現代社会のあり方にあるのかもしれない。

では、大人たちが相互に信頼を取り戻すために、何をすればよいか。本書の第3部はその具体的な処方箋である。その内容は、ぜひ本書を読んでいただきたい。できれば教育委員会で一括購入して、すべての学校の職員室に備え付けるべきだ(もちろん全教師必読である)。

最後に、学校ぐるみでいじめをなくす取り組みを始めるとき、保護者が絶対に子どもに言って欲しくない2つの言葉をご紹介したい。いかにも親が言いそうなフレーズだが……

「まさかあなたはやっていないわよね」

「あなたはいじめられていないわよね」


なぜか? 大事なのは「わが子がいじめない/いじめられない」学校をつくることではないからだ。「いじめの起こらない学校」を、すべての大人たちが一緒になってつくることが目的なのである。ここのところが「腑に落ちる」かどうかが、親や教師の正念場だ。

教室の悪魔 見えない「いじめ」を解決するために GTO(1) (講談社コミックス)