読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1748冊目】松下啓一『自治の旅』

行政・自治・分権

著者からご恵与いただきました。感謝御礼。

タイトルやオビからは「先進自治体」や町おこしの盛んな自治体を歩いて巡った旅行エッセイかと思ってしまうが、本書で出てくるのは、20年以上勤めてきた横浜市、「学者」として最初に勤めることになった枚方市大阪国際大学)、自治基本条例の制定に関わってきた米子市など、著者自身がこれまで辿ってこられた場所であり、そこにまつわる経験だ。

本書はそうした「来し方」を振り返りつつ、ご専門の地方自治や協働について考える一冊なのであって、その意味では、これまでの著者の来歴自体が「自治の旅」であったということなのかもしれない。したがって、本書の内容はエッセイなどという「軽い」ものではなく、むしろかなり本格的な自治論、協働論だ。もっとも「本格的」とは言っても、著者の文章はもともとかなり読みやすいのでご心配なく。

さて、「自治」ということで言えば印象に残ったのが「自治基本条例が目指すのは、新しい自治の文化の創造である」というくだり。自治基本条例といえば有名なのは嚆矢となった北海道ニセコ町であるが、著者はこの条例の先進性を評価しつつも「行政基本条例的色彩」と「自治体職員が中心となってつくったという制定過程」に疑問を投げかけ、後発自治体がこの条例に縛られすぎているのではないか、と指摘する。私はニセコの呪縛」というフレーズにドキッとした。

これに対して、著者が「自治を再構築する」として掲げるのが、「市民も公共の担い手であることをきちんと位置づけ、公共の担い手である市民が存分に力を発揮する社会をつくること」(p.27)だ。これによって「税金による公共サービス」と「市民の経験、知恵・知識、行動力による公共サービス」が車の両輪となって自治を回していく。これを著者は「自治力」と呼び、これこそが自治の原点であると主張する。

大賛成である。大賛成なのだが同時に、これはかなり大変なことになるのではないか、という気もする。少なくとも「従来型の」自治体感覚、行政感覚では、到底太刀打ちできるものではない。

重要なのはプロセスだ。自治基本条例をつくるプロセス……というよりは、行政と住民が、本当の意味で公共を担うパートナーとなるため、お互いに信頼関係を築くプロセスである。そのためには行政自身、役所自身が、公正さ、市民を守ってくれる存在であること、「断固たる決意・逃げない姿勢」において、住民の信頼を勝ち得なければならない。自治基本条例だって、極論を言えば、重要なのは「条例」そのものではなく、むしろその制定過程で、いかに役所と住民が信頼関係を築けるか、なのだ。

この点で印象深いのは、著者が紹介する新城市のケース。自治基本条例の勉強会の席上で、著者が市民から「先生、うちのまちはどんなふうに進むべきでしょうか」と質問した。すると新城市役所職員のMさんがこう言ったという。「○○さん、新城市のことを神奈川から来た松下さんに聞くのですか。自分たちで考えることではないですか」

これはすばらしい。Mさんの言葉もすばらしいが、こういうことを言える関係を市民と作ってきた、そのプロセスがすばらしいのである。「自治の難しい難局では、結局、行政職員と市民との信頼関係が一番効いてくる」(p.64)というフレーズが、ずっしりと重い(もっとも「難しい難局」というのは「馬に乗馬する」みたいなもので、ちょっといただけない)。

こうした基本的な姿勢があるので、例えば国の解釈指針にべったりの「霞が関法務」には著者は手厳しい。ちょっと意外だったのは、住民訴訟制度に対しても、同じような意味合いで危惧を表明されていること。ここでまず問題なのは、自治体の財産上の損失を防止する制度であるはずの住民訴訟制度が「実際には自治体の政策をただすことを目的と」してしまっていることだ。

なぜか。「政策上の意見の相違は、本来は政治過程の中で解決すべきことである」からだ。「主張をぶつけ合い、程よい決着点を見つけるのが政治である。その分、関係者には、相手の主張もそれなりの理由があることを受容すること、相互によいところを取り入れて発展・止揚していくことが求められる。これが私たちの民主主義である」(p.68)

ところが住民訴訟制度は、これをいわば司法に「棚上げ」してしまう。それは民主主義を弱体化させ、活発な議論を交わすべき市民と行政を、司法上の対立構造のなかに押し込んでしまうのだ。しかもこうした住民訴訟制度を「活用」しているのが、オンブズマンなどの「市民代表」なのだから、何をかいわんや、である。

もう一方の「協働」にあまり触れられなくなってしまったが、基本的な議論の流れは上の「住民−行政関係」の延長線上にあるので、まあいいだろう。一点、興味深く感じたのは、「協働は、協働しないと困る状況でなければ、なかなか前に進まない」(p.110)という指摘だった。

確かに、協働を「トレンド」として取り入れようとしてうまく行くということは考えにくい。重要なのは、「必要に迫られて」協働しようとしても相互不信でうまくいかなかった、などということがないように、常日頃からお互いに深い信頼関係を築いていくこと、なのだろう。あ、これで議論がつながりましたね。おあとがよろしいようで……