自治体職員の読書ノート

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【1743冊目】桜木紫乃『ラブレス』

ラブレス (新潮文庫)

ラブレス (新潮文庫)

北海道小説9冊目。

息もつかせぬ一気読み。特に百合江の娘、綾子がいなくなったあたりからが圧倒的で、もうとてもじゃないけど、物語に引きずり込まれて本を置くことさえできなかった。ここまで、息を止めるようにして読み切った本は久しぶり。

描かれているのは、杉山百合江という一人の女性の生涯。貧しい家に生まれ、かさむ親の酒代のいわば「犠牲」になって奉公に出て、そこから自ら志願して旅芸人の一座へ……と、のっけから波乱万丈大全開。その後も芸人の一人とデキて子どもを生み、しかし父親がいなくなり、子連れで結婚した役場の職員には借金があり、それを返すためまたまた温泉旅館で働きに出て、そのうち赤ちゃんを身ごもって、出産に手術が必要となり夫の実家に子どもを預けるが、その子が勝手にどこかに預けられてしまい……と、もう書いているだけで目が回る人生なのだ。

そんな中でいろんな意味で鍛えられた百合江の生き方は、何年先のことなんて考えても分からない、ただひたすら、その日その日を生きていく、大事なのはその日、その晩に食べられるかどうか、というもの。

だがそれは、ケセラセラ、なるようになるさ、といった気楽なものではない。むしろこれは、とてつもなく重く、深い「ケセラセラ」なのだ。むしろ妹の里美の、何年も先のことまで考えて準備するような「堅実な」生き方のほうが、薄くて軽いものに見えてしまう。確かに里美もいろいろ世間並みの苦労はしてきているが、百合江の生きざまと比べると、やはり苦労の中身、人生の厚味が段違いである。

そして、そんな途方もない苦労をしてきた百合江だからこそ、そのことをほとんど人に語らない。そのためにいろいろ行き違いや誤解が生まれても、すべてを自分の中に呑み込んで、不幸も理不尽もしまい込んだまま老いてゆく。本書は一方で百合江の内面を描きつつ、もう一方では娘の理恵と姪の小夜子の視点から、百合江が黙して語らなかった部分を明らかにしていく。そしてラスト、これ以上ない形で彼女の人生は大団円を迎えるのだ。ちなみに、小説を読み終わるにあたって涙がにじんだことも、ここ最近記憶にない。

外から見れば、百合江の老後は、困窮した淋しいものだったろう。娘とも別居し、一人で生活保護を受けてみすぼらしいアパートで暮らしているのだから。しかし、その「人生」は、誰にも決して推し量れるものではない。百合江が幸福だったか不幸だったかなどと、考えること自体が無意味なのだ。

「生きること」とは、こういうこと。そのことを、私は本書から教えてもらった。凄い小説でした。オススメ。