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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1741冊目】佐藤泰志『海炭市叙景』

海炭市叙景 (小学館文庫)

海炭市叙景 (小学館文庫)

北海道小説7冊目。北海道の架空の街「海炭市」を舞台に、18の短篇が並んでいる。

どの短篇も、海炭市に住むひとりの人間にスポットをあてている。登場するのは、一見どこにでもいそうな人物ばかり。プロパンガスの業者に、プラネタリウムの職員、路面電車の運転手。街を出て行こうとする少女に、昔から街にいる猫を抱いたお婆さん……

そんな「普通に見える」市井の人々の人生を、著者は丹念に彫琢する。先の見えない生活への鬱屈、仕事への想い、親への不満、妻への疑念……。そこにあるのは、まさに「人生」そのもののあざやかな断面図だ。そして、18の人生を並べてみると、その向こうに「海炭市」という街の姿がぼんやりと見えてくる。

最初は、人を通して街を描いた小説かと思っていた。だが読んでいくと、むしろ、人こそが街なのだと気付かされる。建物や道路が「街」なのではない。こうした「ふつうの」人たちがそれぞれに思いを抱えつつ、日々の生活を送っている空間こそが「街」なのだ。本書はその意味で、街そのものの本質をみごとにえぐった一冊ともいえる。

それにしても、ここに描かれている海炭市のうらぶれた寂しさといったらない。なんというか、街全体が「疲れている」のだ。行き先も見えず、ただただぐったりともたれかかって、それでもどうにか生きている。そんな行き詰まり感、閉塞した疲労感が、本書全体を覆っている。

ぱっとした話はない。それなりに起伏はあるが、どの人生も、行く末にたいした希望は見えない。だいたい、著者はどの短篇も、最後まで見届けずに投げだすように終わる。なんというか、終わり方が「終わる前に終わっている」感じなのだ。投げだされた物語は、海炭市という大きな場所の中に溶け込むようにして消え、別の短編の中にふと、ぷかりと浮き上がってくる。

バブル期に書かれた作品とは思えないほど、景気の良い話は皆無である。むしろ、現代の地方都市の疲弊を見事に予言した小説だ。だがそんな「意義」より、この小説はとにかく小説としてすぐれている。地味といえば地味だが、それは珠玉の地味であり「滋味」である。おそらく日本の小説史に残る逸品。オススメ。