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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1730冊目】五味太郎『大人問題』

福祉・教育・医療

大人問題 (講談社文庫)

大人問題 (講談社文庫)

図書館本は前回までで一区切り。しばらく単発でいきます。

さて、「親がなくても子は育つ」ではなく「親があっても子は育つ」と喝破したのは坂口安吾だったが、それにならえば本書のメッセージは「大人があっても子は育つ」である。

だいたい大人は余計なことばかりする。給食では無理やりニンジンを食べさせようとするし(最近はそうでもないようだが)、テストをして平均点とか偏差値とかを出したりするし、しつけと称して「世間様」に合わせて子どもをねじまげる。なかでも良くないのは「わかった人間がわからない人間に教える」という教育システムだ。

「そもそも「わかった」人間が「わからない」人間に教えていくという今の教育の構造が、全部まちがっているんだと思います。たとえば、文学をやってきた人間が「わたしは文学のことがわかった」、絵を描いてきた人間が「絵がわかった」っていうなら、その人、もうおしまいです」(p.154)

そんなこと言ったって、じゃあどうすればよいのか。著者が唯一の方法として挙げるのは「わかりたい子が、わかっていそうな大人に聞く」というやり方だ。性教育についての話のなかで、著者はこう書いている。

「その子は、その心のもやもやや、体のもやもやについて意識している。「わかりたいな」と思っている。そういう学びたい、知りたいという、その子の必然ができてきたときに、はじめて「教育」というものが、現象としては成り立つのだろうと思います」(p.155)


これだけでも十分すばらしいが、さらにすばらしいのはその先だ。

「そのときに一番必要なのは「わかっている」人ではなくて、現役でやっている人、つまり今でも「わかろうとしている人」です。「人生、そこらあたりが問題なんだよね」と問題を世代を超えて共有できる人」(同頁)


著者のいう「大人問題」とは、要するにこのあたりのことなんだろうと思う。そもそも大人だって、たいしてわかっちゃいないのだ。生きるとは何か。お金とは何か。学問とは何か。恋愛とは何か。仕事とは何か。

問題は、そこでほとんどの人が「わかろうとすること」をやめてしまうこと。既成の価値観、よくわからない「世間様」に順応してしまい、その怠惰をそのまま子どもに押し付ける。ひどい場合には、大人が「わかっていないことをごまかす」ためのダシとして、子どもが使われたりもする。子どもにしてみればたまったもんじゃない。だからいろんな問題が起きる。

だから子どもの問題とは、つまりは大人の問題なのだ。大人の問題を子どもにしわ寄せして、その原因を家庭やら教育やら社会やらのせいにしている。本書はそのことを容赦なく告発する。さすがに文章は分かりやすく、短文でまとまっているのですっと入ってくるが、内容はたいへん手厳しい。

読んでいてハッとしたのは「心の乱れ」について書かれた部分。「髪の乱れは心の乱れ」「服装の乱れは心の乱れ」と言われることに対して、著者は「心は乱れるためにあると思います」と言う。そしてこう続けるのだ。

「「心」っていう字、好きです。あの形。「権」とか「軍」なんて字はみんなガッチリとくっついているけれど、「心」ってパラパラしてる。はじめっから乱れている。心を乱すなというのは、心をやめなさい、ドキッとかハッとかモゾモゾっていうのをやめなさい、ということです」(p.53)


この、「心」という漢字のフォルムに着目するところが、さすがは絵本作家・五味太郎なのだ。そしてそこからよどみなく、心というものそれ自体の本質に斬り込んでいく。柔らかいようでいささかの隙も緩みもない、まさに絵本の達人ならではの説得力。考えてみれば絵本って、こういう直接視覚や聴覚に訴える「有無を言わさない説得力」があるんだよなあ、と思わされた。

全体として、本書はかなり身につまされる本だった。親なら、あるいは学校の先生なら、ほとんどがそう感じることだろう。だが、感じることができれば、まだ救いはあるのかもしれない。

子どもを見ることだ。子どもの「育ち」の邪魔にならないように引っ込んでいて、必要としているようなら、ほんの少し、手を差し伸べてやれば良いのだ。わかったふりをしないで、一緒にわかろうとし続ければ良いのだ。

そう考えると、なんだか少し、ラクになった。そして多分、大人がそうやってラクになれば、子どもも少しラクになるのだろう。そして大人も子どもも少しずつラクになれば、この世の中ももうちょっと、ラクになるのだと思う。

本書はそのための、大人に向けた「指南書」だ。ちなみにこの本、半鐘さんに教えていただきましたが、すばらしい本でした。感謝。