自治体職員の読書ノート

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【1688冊目】上野千鶴子『サヨナラ、学校化社会』

サヨナラ、学校化社会 (ちくま文庫)

サヨナラ、学校化社会 (ちくま文庫)

教育・学校本16冊目。また少し、目先を変えてみる。

本書はたいへんおもしろい学校論、社会論だ。切れ味するどく、それでいてユーモアがあり、大学というご自身の現場からの「虫の目」と、社会全体を俯瞰する「鳥の目」のバランスが絶妙だ。専門のマルクス主義フェミニズムの解説から、上野千鶴子の授業方法やご自身のライフ・ヒストリーも織り込まれていて「上野千鶴子入門」としてもオススメの一冊である。

それにしても、タイトルの「学校化社会」とはどういうことか。これは要するに、学校的価値観が社会に「漏れ出している」状況をさす。学校的価値とは、著者によれば「未来志向」「ガンバリズム」「偏差値一元主義」。特に「偏差値一元主義」は影響が大きく、偏差値という単一のメジャーで自己や他人が評価されるのが、現代の日本社会なのだという。

学校的価値が社会に広まったのは、高校全入運動のあった1970年代以降だそうだ。その中で育ってきた「学校化世代」が親になり、自分がどっぷり漬かってきた学校的価値を尺度として子どもを育てるようになった。その前は学校的価値とは違った価値観を親がもっていたため、学校の価値観は学校の中だけに封じ込められてきたが、今や、学校の内と外で価値観が同一化し「学校的価値にもとづいて親が子どもを判定する」ようになってしまったというのである。

この指摘には正直ゾッとした。なぜって、まさに「わたし」自身がモロに「学校化世代」ど真ん中の年齢であり、すでに結婚して子どもがいるからだ。しかも正直なところ、本書を読むまで、そうした自覚さえなかったのだからおそろしい。

中でも「離乳食を吐き出した赤ちゃんを叩いてしまった」高学歴の母親のエピソードには、ちょっと笑えないものがあった(このお母さんは「自分が丹精こめてつくった離乳食」を吐き出されたことで「自分の努力を評価してもらえなかった」と感じてしまったそうである)。

だが問題は、こうした「学校化社会」が何を生みだしたのか、ということだ。その答えを「勝者の不安、敗者の不満」と、著者は見事にまとめている。価値の一元化は勝者も敗者も、誰もハッピーにしないのである。しかもこうした「勝ち組」「負け組」を再生産する仕組みを、この社会はもっている。

では、どうすればよいのか。著者が提唱するのは、価値の多元性をこの社会の中に埋め込むこと。そして、ここは私が読んでいて拍手喝采したのだが、学校は「授業という本分にみずからを徹底的にダウンサイジングするべき」と言うのである。

「学校が分不相応に学校的価値を塀の外にまで垂れ流すべきではありません。知育・徳育・体育などと言いますが、徳育も体育も、生活指導も心の教育も、ましてや全人教育も、そんなものはやらなくていいから、ほんとうの知育だけをやればいいのです。
 知育という限定的な場で、必要なスキルのトレーニングをやったらいい。語学教育とかメディアリテラシーとか、望む人にはそれを与えればいい。そうすれば学ぶがわに、茶髪がいようがピアスがいようが、妊婦がいようが関係ありません。全人教育なんて、学校が思い上がるのもいいかげんにしろと思います」


いや〜、さすがの上野節。胸のすくセリフであるが、このくだりを読んで連想したのは、塾のこと。進学塾と呼ばれる塾などは、まさにこの「知育」を(受験に特化して、だが)やっているのではないか。

学校に行くのは気が重いが、塾に行くのは楽しい、という子どもは多い。その要因のひとつには、学校は心の中にまで手を突っ込んでくるが、塾はそういう余計なことを言わない、ということがあるように思う。ただここのところを突きつめていくと、究極的には学校は塾に取って代わり、国はそのためのバウチャーを配れば良いのではないか、そもそも今の学校は必要なのか、というところまで考えざるを得なくなるのだが……。

ただ実際、著者の言う「知育限定の「小さな学校」」のイメージは、塾や寺子屋的なものに近いのではないか、とも思う。むしろ人間教育は学校外でやればいいのだ。高校生へのアルバイト禁止は言語道断、とも著者は言うが、これも同感。アルバイトこそ「社会という現実のきびしさに触れる最大の学習の機会」なのだから、むしろどんどんアルバイトをさせた方がよいのである。

本書の単行本は2002年の刊行である。そのためかフリーター的な生き方への称賛など、その後のフリーターたちの「成れの果て」を知ってしまうと容易にうなずけない点もあるが、しかし社会の「学校化」という状況については、依然として続いていると言わざるをえないので、内容的には今でも十分通用する。

フェミニズム的な論調に拒絶反応を示す方もおられるかもしれないが、特にわれわれ「学校化世代」にとっては、必読の一冊。読んで愕然とするところから、始めたいと思う。