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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1665冊目】須田良規『東大を出たけれど』

日常・生活・観察

東大を出たけれど 麻雀に憑かれた男

東大を出たけれど 麻雀に憑かれた男

東京大学、卒。職業、雀荘メンバー。

一度は、会社員の職についたこともあったらしい。だがある朝、無性に牌が握りたくなって会社行きの電車を見送り、そのまま手近な雀荘に入った。そして、学生時代にバイトをしていた雀荘の店長に誘われるまま、そこのメンバーになったという。

一般に言って、雀荘メンバーの仕事は変わっている。飲み物を出したり場代を集めたりといった接客をこなしつつ、面子が足りない時は卓に入る。勝ち負けは基本的に、自腹。負けてばかりでは給料が残らないし、勝ってばかりでも客の機嫌を損ねる。

著者はそんな自身の職業を「沼」と例える。「まっとうな仕事を選択する道もいくらでもあったのだろうが、私は麻雀に嵌り、雀荘で打ちながら接客するというこの妙な仕事から抜けられなくなってしまったのである」(p.6)

本書のおおもとは、そんな雀荘メンバーの著者が「2ちゃんねる」に綴った文章だったという。それを見た、知り合いでやはり東大卒の麻雀ライターの福地誠氏がメルマガに書くよう誘い、さらにそれを読んだ竹書房の編集者が、雑誌に連載するよう声をかけた。

まるで絵に描いたような「わらしべ話」だが、しかし本書の文章や、今も著者が続けているブログ「東風荘メンバー戦記(http://ameblo.jp/mj-member/)」を読む限り、それだけの力は十分にある。とにかく文章がうまいのである。先行きの暗い自らの雀荘メンバーという仕事や、そこに麻雀を打ちにやってくる個性豊かな来客の人生との交錯が、適度に突き放した、けれども温かいまなざしで描かれている。雑誌連載中から、麻雀エッセイの白眉だと私は思っていた。

最初は漫画化された。井田ヒロト氏の画は著者の文章の雰囲気にぴったりで、そのうちここでも紹介しようと思っていたら、その前に活字版が刊行された。それが本書である。あらためて読みなおしたが、やはり、文章では出せない独特の味がある。やさぐれて投げやりになっているようで、なぜだかギリギリのところで踏みとどまってバランスをとっている、その危うさが魅力的だ。

ユニークなのは、実際の麻雀の局面が頻繁に出てくること。それも単なる闘牌シーンではなく、自分や周りの人の人生をうまく絡めている。麻雀がそのまま叙情になっているのである。こんなこと、阿佐田哲也白川道もできなかった。

……ここからは、麻雀を知らない方はチンプンカンプンだろうから読み飛ばしてください。

例えば「変化の種」というエッセイでは、店を辞めて新たな道を歩み始めた同僚と、変化のきっかけをつかみあぐねている自分を引き比べつつのシーンが印象的。

オーラスの親、トップと約1万点差。ソーズのホンイツを2−5索でテンパイしている。形は34678白白(ポン222)(ポン中中中)。9索を引いてカン5索に受け直し、終盤思いがけなくツモって気付く。カンチャンに受けたため2600オールのアガリとなり、一発でトップを逆転できた……

「変化の種、というものは無意識に打っていれば見逃しがちである。今の境遇を自分勝手に憂えているだけでは何も変えられない。それでも足掻いて模索すれば、望んだ結果とは別でも、思いがけぬ道を見つけることもあろう」(p.33)


あるいは「金ちゃん」というエッセイ。ラーメン屋で働いていた金ちゃんは店主とケンカしてそこを飛び出し、行きつけだった雀荘で働くことになった。だが麻雀の腕は心許なく、負けがかさむ一方だった。家賃が払えなくなって前借りし、それを麻雀で増やそうと思ってオケラになってしまう。女房にはとっくに逃げられていた。

そんな彼はオーラス、2万点ほどのラス目。3つ仕掛けて發がアンコのドラ1筒単騎でテンパイしたが、上家がリーチ。ツモった牌は4枚目の發だった。

どうせラスだし、自分は親。しかし金ちゃんはドラを切り出して發4枚の手牌になった。そのままラス確定のノーテン宣言。上家が手を開けると、それは發待ちの国士無双だった……

国士無双は、暗カンでも和了れるルールである。ラス目のオーラス親番で、聴牌取りはもちろん、カンすることも、切り替えることもできずに、ただ手牌を伏せるしかなかった金ちゃん。まるで、先行きのない現状という堅固な牢に囚われている彼自身を暗示しているかのように、4枚の發が彼を嘲笑った」(p.60-61)


こんなエッセイ、誰にでも書けるモノじゃない。著者は今、麻雀プロになっているらしいが、雀荘メンバーとしての原点を忘れずにさえいれば、今後のやりようによっては、作家やエッセイストとしてもプロになれるものをもっていると思う。「平成の阿佐田哲也」を、期待したい。