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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1659冊目】安田武・多田道太郎『「いきの構造」を読む』

歴史・文化・民俗

文字通り、先日読んだ九鬼周造『「いき」の構造』の解説本。対談形式なので、会話のリズムに乗せられてどんどん読める。

1979年の刊行というからずいぶん前の本なのだが、冒頭に「最近また若い人が(『「いき」の構造』を)ずいぶん読んでいるらしい」(p.5)という発言があって、おや、と思った。実際にどの程度読まれていたのか、この会話だけじゃ分からないが、当時『「いき」の構造』のちょっとしたリバイバルがあったのだろうか。

ちなみにその理由として、著者(安田氏)は「「いき」というものが私たちの生活自体のなかから失われてきているだけに、かえって今の若い人たちに読まれるのじゃないかな」(p.6)なんて仰っているが、そうであれば、まさに平成の今こそ『「いき」の構造』は読まれていなければならない。

もっとも、相手方の多田氏の推測ではそうではなく「このごろは平仮名言葉が上に来て、下に難しい言葉がつく題名の本がわりあいよく売れる」(同頁)とのことなので、案外その程度のことなのかもしれない。ちなみに引き合いに出されているのが土居健郎の『「甘え」の構造』で、コチラは1971年に刊行された当時のベストセラー。タイトルのカタチが似ているので、このベストセラーに引っ張られてちょっと売れたのかな。というか、土居氏のこの本のほうが、ひょっとして九鬼周造にあやかったタイトリングだったのだろうか。

まあ、そんなふうにしてこの対談は始まるのだが、最初の方では、多田氏が「安田さんは、九鬼さんが東京の人だと思っておられましたか」と聞き、安田氏が「いや、はじめは京都の人とばかり思っていました」と答えているくだりが重要だ。なぜなら、実は京都、あるいは上方と江戸・東京の関係というのが、『「いき」の構造』を読む際の一つのカギとなっているからだ。

九鬼周造の生まれは東京の芝である。九鬼の論じる「いき」とは、京都よりもむしろ江戸独特のものであった。そのルーツは江戸化政文化のきわめて限られた感覚であり、そこには当時の江戸独特の複雑なコンプレックスがあったという。

本書によれば、江戸には二種類の緊張感があった。ひとつは上方に対するもので、特に京都の歴史と文化の圧倒的な蓄積には、江戸はどう転んでもかなわない。つまり文化的には新参者であるという劣等感があったという。

もうひとつは、ちょっと意外なのだが、田舎に対する緊張感だ。参勤交代の制度があった当時の江戸は、全国から集まってくる「田舎侍」が闊歩する町でもあった。言ってみれば江戸の町人たちは、年がら年中「参勤交代で田舎から来た浅葱裏」に威張り散らされるワケである。

そこに鬱屈が生じ、町人たちはウラで野暮ったい田舎者をバカにして反発する。しかも江戸は巨大な消費都市で、馬鹿にしている田舎に支えられているという面もある。そのあたりが絡まり合って、田舎……と言って悪ければ「地方」に対するコンプレックスがあったという。

こうした二方向へのコンプレックスが、強がりや痩せ我慢、鉄火といなせの江戸文化を生み出したというのが本書の説明だ。銭金を貯め込むのは野暮天で「宵越しの銭はもたねえ」とさっさと散財し、「伊達の薄着」で「冬でも素足」。上方のように上品ぶるのでもなく、むしろ下品と上品のギリギリのキワを狙って、そこに「いき」を見い出す。だから「いき」の感覚はたしかに遊郭で育まれたが、そのルーツは江戸という都市自体が置かれた独特な状況にあるというワケなのだ。

しかもここで著者(多田氏)は、「江戸」と「上方」の関係を、当時の「日本」と「フランス」の関係に重ね合わせてみせる。フランスに学んだ九鬼にとって、フランスと日本の関係は「江戸と上方を拡大再生産したような形の緊張感を持った」(p.67)のではないかというのである。なるほど、だとすれば、江戸の「いき」を日本全体、日本人全体に広げて考えたのも納得がいく。

ちなみに、これは読んでいてあっと思ったのだが、こうした「いき」を文学の世界で体現していたのが、永井荷風だという。しかも荷風はフランスに遊学し、帰国後は東京の遊郭に通いながら隠遁者のような生活を送った。『墨東綺譚』なんて、言われてみれば「いき」を結晶化したような小説ではないか。

本書の目次は『「いき」の構造』の目次とそっくりそのまま対応している。各章ごとに、一文一文を拾い上げ、吟味するというよりはじっくり味わいながら堪能するという、なんとも滋味深い解説本なのだ。一方、九鬼の詰めが甘いところはきっちりと指摘しており、個人的には、読んでいて消化不良だったところがかなり解消できた。

ちなみに本書のもとになった対談は、エッソ・スタンダード石油株式会社の広報部が発行した「エナジー対話」というところで行われたらしい。なんだか不思議な取り合わせだし、石油会社の広報と「いき」なんて全然関係なさそうなのだが、当時の会社には、こういう文化的な試みをする余裕があったということなのだろうか。立派なことである。

「いき」の構造 (講談社学術文庫) 「甘え」の構造 [増補普及版] 濹東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)