自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1655冊目】諸富徹『私たちはなぜ税金を納めるのか』

私たちはなぜ税金を納めるのか: 租税の経済思想史 (新潮選書)

私たちはなぜ税金を納めるのか: 租税の経済思想史 (新潮選書)

フランス革命は、課税への同意を得るため招集された三部会がきっかけだった。アメリカ独立のきっかけは、戦費負担のため導入された茶税等への反発から始まった。近代的な議会制度も、租税問題がきっかけで成立した。

まさに、近代という時代は「税金」から始まったのだ。近代国家は、税金なくして成り立たない。したがって、税金を語ることは、国家を語ることである。本書はこの「税金」にフォーカスすることで、近代から現代の国家、経済、さらにはグローバリゼーションのもとでの新たな税制=統治システムのありようまでを一挙に洞察してみせた一冊だ。

歴史をさかのぼると、租税問題が国家を揺るがす大問題となったのは17世紀頃と、意外に最近のことだった。それ以前の国家は「家産国家」と呼ばれ、国家が保有する財産の「あがり」で食っていけたからだ。ところがある時期から、それだけでは国家財政が賄えなくなったため、租税という「外からの調達」に頼らざるを得なくなった。ちなみに多くの場合、カネ不足に陥ったきっかけは「戦争」であった。

意外だったのは、初期の租税制度の中心は財産への直接課税と、そして消費税(内国消費税)だったということだ。所得税が登場するのはずっと後、18世紀末のことなのだ(イギリスで世界初の所得税が導入されたのは1799年)。さらに面白いのはアメリカで、関税中心の税制だったのが南北戦争で戦費不足に陥り、1862年にようやく所得税が導入されたにもかかわらず、1872年には早くも廃止されてしまう。その背景にあったのは産業界主導の反税運動であったのだが、それだけではないアメリカ特有の「自主独立」のメンタリティもまた影響していたものと思われる。

実際、租税制度を通すことによって、国家像の違いが見事に浮き彫りにされてくるのには驚いた。市民革命を経て「下からの税制」の伝統が成立したイギリスと国家中心・国家主導の「上からの税制」であったドイツのコントラストも鮮やかだし、特に本書の中心部分を占めるアメリカの「租税史」は、アメリカという国の特異性をくっきりと映し出していて興味深い。

そして、いわばアメリカ式のスタンダードが外に漏れ出したのがグローバリズムであるワケだが、本書の後半で面白いのは、金融のグローバル化への国際的な課税をめぐる議論である。そのルーツはブレトンウッズ体制崩壊の翌年、1972年に提唱されたトービン税。国際的な通貨取引への課税を内容とするこのプランは、国際的な協調のもとでの課税制度を構想するものだった。

こうした国際課税制度は、当時は絵空事として退けられたというが、それがリーマン・ショック以降に見直されてきたという。そのひとつの結果が、EUで導入に向けた動きがある「金融取引税」だ。これは国際的な金融取引に「取引1回ごと」に一定の税率で課税を行うもので、特に高頻度で投機的な取引を行う金融機関への効き目が大きい。

だがこの制度は、単にリーマン・ショックにつながるような投機的な金融取引にブレーキをかけるというだけではない。これは、国境を超えたマネーの移動に対応して、租税制度自体が国境を超えるということなのである。著者はこうした国際的租税を「グローバルタックス」と呼ぶ。

だが、そもそも租税制度は、近代議会制度を生んだことでもわかるように、「誰が」その税制を決めるのか、という問題をはらんでいる。では、国境を超えた租税制度は、誰がその決定者となるのか。ここにおいて、租税の問題は、ついに国家そのもののあり方さえも変えていく可能性があるのである。今までもそうだったように。

「……グローバルタックスの税収管理とその使途の決定に正当性を付与するためには、国家代表からなる協議会だけでなく、欧州議会のように各国ごとに選挙で直接選出された代表による議会を創出することが必要になるだろう。言い換えれば、「グローバルタックス」を構想することは、このような意味での「グローバル・ガバナンス」のあり方を問うことにつながっていくにちがいない」(p.267)


著者の描くこのような近未来は、実はかなり現実味を帯びて目の前に迫っているように思える。というか、金融の流れがグローバルになれば、それへの課税制度も本来グローバルにならざるを得ず、そうなるとその決定者もまたグローバルになるというのは、むしろ当然の流れというべきなのだろう。

こうして「税の近代史」に始まった本書は「税の未来予測図」にまで至って終わる。それが同時に「国家・超国家の未来予測図」でもあることは、すでに書いたとおり。いやはや、「税」に関して書かれた本がこれほどエキサイティングとは思わなかった。非常に面白い一冊だった。

ちなみに本書は主に欧米の税制を扱っているが、「あとがき」では、日本の税制や日本人の税意識についてかなり鋭い論評を加えており、これもなかなかおもしろい。「上からの税制」に慣れ切った日本人も、そろそろ「税は自分たちで決めるもの」という発想に転換すべき時期なのかもしれない。消費増税ばかりが税金問題ではないのである。個人的には、本気で「納税」について考えさせたいのなら、まず年末調整の制度を全廃し、全員が収入と経費を計算して確定申告を行うところから始めるべきだと思うのだが……