自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1648冊目】内田百間『冥途』

冥途―内田百けん集成〈3〉   ちくま文庫

冥途―内田百けん集成〈3〉 ちくま文庫

百間の「間」は、日が月になっているので、念のため。フォントがないのでこういうふうにしておく。

さて、本書はちくま文庫から出ている「内田百間集成」の第3巻。今見たらなんと全24巻とのことで、そんなにあったのか。びっくり。

で、この本には「冥途」「旅順入城式」など、幻想的な風味の作品が33篇収められている。比較的長めの短篇から、2ページほどのショート・ショート風の作品までいろいろあるが、多くの作品に共通しているのは「夢の世界」を描いていること。

「夢を見ている感触である」と、解説を寄せている多和田葉子が表現しているが、まさにこの「感触」という表現がぴったりだ。なんというか、リアリティがまったくないのではなく、夢の中独特のリアリティが読んでいて感じられる。夢って、不条理に見えてどこか奇妙に筋が通っていることがあるが、まさにそういう感じだ。

見たことがないし、ありえないはずの風景なのに、どこか懐かしい。自分の記憶の中の、いままで触ったことがない部分に光が当たる。冒頭の「冥途」など、なんともいえない雰囲気で、つかみどころがないといえばまったくないのだが、それでいて妙に忘れがたい。以前「ちくま日本文学1 内田百間」でこの短篇は一度読んでいるのだが、内容はまるっきり忘れているのに、雰囲気だけはなぜか覚えていた。不思議だ。

前に読んだ中では「件」も収録されていて、これはこれで忘れられない小品だ。冒頭に出てくる「黄色い大きな月」で、急激に記憶がよみがえった。不条理な哀切、とでもいうべきものが、この作品には漂っている。絶品。

初めて読んでびっくりしたのは「旅順入城式」。とにかく表現に圧倒された。例えばこんなくだり。

「首を垂れて、暗い地面を見つめながら、重い綱を引張って一足ずつ登って行った。首のない兵隊の固まりが動いている様な気がした。その中に一人不意に顔を上げた者があった。空は道の色と同じ様に暗かった。暗い空を嶮しく切って、私共の登って行く前に、うな垂れた犬の影法師の様な峰がそそり立った」(p.119)


そして、死人の行進のような入城式。勝利の瞬間であるはずなのに、その光景は陰惨そのものだ。その光景を活動写真で眺める見物人が拍手をするなかで、「私」は一人涙を流す。うら寒くもものすさまじ一篇であった。

内田百けん (ちくま日本文学 1)