自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1646冊目】上林陽治『非正規公務員』

非正規公務員 (ヒセイキコウムイン)

非正規公務員 (ヒセイキコウムイン)

非正規公務員とは、役所で働く臨時職員や非常勤職員などのこと。一般社会でどれほど認知されているのかよく分からないが、少なくとも自治体の現場では、非正規公務員がいること自体を知らない人はいないだろう。

なにしろ今の自治体の現場は、臨時職員や非常勤職員がいなければ、とうてい回らない。本書が紹介している総務省調査によると、2008年4月時点で、地方自治体が任用している臨時・非常勤職員数は約50万人。一方、正規の地方公務員数は約290万人なので、地方公務員全体の15〜17%は「非正規」であることになる。

さらに同調査によれば、2005年から2008年までのわずか3年間で、臨時・非常勤職員数は4万3,462人増加している。一方、同じ期間で正規の地方公務員数はマイナス14万2,744人。つまり、常勤職員が減った分の穴埋めを、臨時・非常勤職員が果していることがうかがえる(残りの部分はアウトソーシングだろうか)。

実際に勤務している者の実感からは、まあ、そんなものかな、というところだろう。2005年からの3年間に限らず、ここ10年ほどの間に、驚くほど多くの業務が外部委託され、あるいは「非正規化」された。

その背景にあるのが自治体の財政難だ。財政状況が厳しくなり、しかし業務量はむしろ増え続ける中で、常勤職員を減らして人件費の安い臨時・非常勤職員に切り替える(厳密にはいわゆる「人件費」にさえ計上されないこともある)。それが当たり前のこととされ、むしろ財政サイドからは良しとされてきた。

だがその結果、おかしな状況が次から次に生まれてきた。本書はその具体的な例を詳細にリポートする。一日の勤務時間が常勤職員より「3分」短いだけの非常勤職員。補助的どころか、他の職員のシフトの決定など、基幹的業務を担うようになった非常勤職員。1年限りの任期と言いつつ、更新を繰り返して20年以上も「勤続」してきた非常勤職員。

ところが臨時・非常勤職員は、どんなに長く更新を繰り返そうと、どんなに重要な職務を任されようと、自治体の職員定数に含めなくてよいことになっている。その理由は「これらの者には通常一年の任期が付されていて予算単年度主義の範疇を超えることがないため」(p.203)だ。だが実態をみると、臨時・非常勤職員はもはや自治体の業務に不可欠の存在となっており、任期も連続更新で有名無実化しているケースが多い。

つまりキビシイ言い方をすれば、臨時・非常勤職員は、職員定数の潜脱手段として用いられているのである。表向きの行革をアピールするため職員定数や人件費を削減し、その分を臨時・非常勤職員に付け替え(あるいは外部委託によって委託費にシフトさせ)、これまで同様の業務を格段の低コスト、低賃金で回すようにしているのだ。

これが世に言う「官製ワーキングプア」の構造だ。その奇妙さについては、自治体の現場を知る人ほど実感として感じていることと思う。同じような時間、同じような業務をこなしていながら(しかも場合によっては、数年で異動する常勤職員よりはるかに業務に精通しながら)、なぜ常勤職員は昇給もあればボーナスも出て、非常勤職員は昇給どころか交通費さえ出なかったりするのか。年収ベースでみれば、常勤と非常勤では3倍もの違いがあるという。

本書はこうした非正規公務員の現状を整理して伝えるとともに、こうした非正規公務員が「雇止め」(1年更新を長期間繰り返してきた非正規公務員が、突然更新を拒否されること)に遭い、裁判になったケース多数紹介している。しかも、従来明確な定義のなかった非正規公務員の「意味づけ」を、裁判の判決から逆算的に導きだしているところがおもしろい。

それにしても、本書を読んで改めて感じたのだが、この臨時職員・非常勤職員をめぐる状況はどう考えてもマトモではない。制度の趣旨と現実の運用がはなはだしくズレていて、そのしわ寄せが当の非正規公務員に集中している。臨時で補助的な業務どころか、事実上常勤でしかも基幹的業務を、低賃金で担っている公務員が、事実上公務の現場(特に保育園や図書館)を支えているのが、まぎれもない現実なのだ。私自身やその周囲も含めて、そのねじれた現実を、誰も直視しようとしていない。このあたり、なんだか原発問題に似ている。

だが問題の解決は原発より簡単だ。著者が言うように、処遇をきちんと整えれば良いのである。常勤化が無理なのであれば、特に本書で言う「常勤的非常勤職員」(任期はあるが、勤務時間や業務内容が常勤職員と変わらない職員)についてはきちんと法整備を行い「報酬や給料を実質的に昇給化し、非正規公務員に継続雇用と安定した雇用への期待を与え、基幹業務を担ってもらうとのメッセージを発しなければならない」(p.279)のだ。

要するに、「公務サービスは人次第」という原則に戻るべきなのだ、と思う。もちろん財政問題も重要だが、だからといって「人」をおろそかにする制度や運用は、必ずいつかしっぺ返しを食らうだろう。非正規公務員の存在と矛盾を「見て見ぬふり」するのは、もうやめませんか。本書からは、そんなメッセージが強烈に伝わってきた。

ちなみに著者は元自治労の方である。そういうと(特に幹部職員や「官房系」職場の方には)アレルギー反応を示される方もおられるかもしれないが、少なくとも私が読んだ印象では、本書は非常に冷静でバランスの取れた論評になっている。類書が少ないこともあるが、本書は財政・人事関係の担当者こそ読むべき一冊だ。著者の経歴で毛嫌いしていては、もったいない。