自治体職員の読書ノート

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【1642冊目】オリヴィエ・メスレー『ターナー』

ターナー―色と光の錬金術 (「知の再発見」双書)

ターナー―色と光の錬金術 (「知の再発見」双書)

上野にターナーを見てきました。

前から好きな画家だったので、今回の展覧会は待望でした。予習のつもりで本書をざっと眺めてから東京都美術館に向かったのですが、やはり「生ターナー」は全然違う。絵はやっぱり、実物を見ないとダメですね。

とはいえ本書は、ターナーの人物像をあらかじめ知る上で、たいへん参考になりました。理髪店の息子に生まれたこと、若くして絵の才能を発揮したこと、水彩画で名声を確立したこと、しかし当時の画壇にバッシングを受けたこと、その時敢然と擁護をかってでたのがかのジョン・ラスキンだったこと……。確かに展覧会の解説にもこの程度のことは書いてありますが、やはり展覧会では絵に集中したいので、こういう予備知識は本に限ります。

特に面白いのは、「ヴァーニッシング・デイ(最後の手直しの日)」というパフォーマンス。これは下書きや下塗りだけをした絵を会場に持ち込み、多くの見物人が見守る前で仕上げていくというもので、いわば「ライブ絵画」なのですね。こういう試みは現代でもやる人はいますが、ターナーはもっと実直というか生真面目な人という印象があったので、こういう「芸風」があったのは意外でした。

しかもターナーは、3時間の間一度も手を休めず、自分の絵を離れて見ることもしないまま一挙に作品を仕上げ、終われば出来具合を確認することさえせず立ち去ったそうです。その成果が絵画史に残る一級品になるのだから、まったくとんでもない才能ですね。

さて、今回の展覧会では私が好きな「平和−水葬」(私はほとんどこれを観に上野まで行ったようなもんです)や、まぶたを切り取られた将軍レグルスが太陽を見て失明した瞬間を描いた「レグルス」の美しい恐怖、ターナーの才能がてんこ盛りに詰め込まれている絢爛豪華な「ヴァティカンから望むローマ、ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ」など、錚々たる作品をかぶりつきで観ることができました。

特に、いったいどうなっているのか不思議でならなかった、うねる波の様子や枝葉を透過する太陽の光のあわいなどのタッチを目の前で見られたのは、すばらしい経験でした。私自身はぜんぜん絵を描く才能を持ち合わせていないのですが、実際に絵を描く方であればどんなふうにあのタッチをご覧になるのか、ぜひ感想を聞かせてほしいですね。

残念だったのは、傑作中の傑作「死者と瀕死の人間を船外に投げすてる奴隷商人たち」や「雨、蒸気、速度」、それに「吹雪」や「影と闇、大洪水の夕方」などの「渦巻系」作品の多くが来日していなかったこと。でも、よく言われるターナーの作品の「空気感」や「色彩感覚」(特に黄色の使い方)は、今回の展示でも十分伝わってきましたよ。くどいようですが、絵はやっぱり、実物を見ないとダメですね。