自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1630冊目】川崎政司編『シリーズ自治体政策法務講座1 総論・立法法務』

シリーズ 自治体政策法務講座 第1巻総論・立法法務 (シリーズ自治体政策法務講座)

シリーズ 自治体政策法務講座 第1巻総論・立法法務 (シリーズ自治体政策法務講座)

こんなシリーズが出てるなんて全然ノーチェックだったんだが、定点観測に時々立ち寄る大型書店でたまたま発見、そのまま購入。そこにあったのはこの一冊だけだったが、どうやら全4冊構成で、本書は第1巻らしい。

最初に巻末の執筆者リストをみると、「いつもの」常連メンバーと目新しい顔ぶれが適度に混ざっている。編集代表の川崎氏は、先日読んだ『地方自治法基本解説』はどちらかというとニュートラルなスタンスだったが、本書ではかなりご自身の見解を表に出している様子。千葉県の法務担当や衆院法制局の方が入っているのは、実務面を重視しているということの表れだろうか。

だいたいその程度の先入観をもって読み始めることが、私の場合は多い。以前読んだ礒崎初仁氏(第1章担当)の『自治体政策法務講義』や、兼子仁氏(総論・第7章)の『変革期の地方自治法』の読後感をそこに重ね合わせていければ、本当は理想的なのだが、たいてい読んだ本の中身はすっかり忘れてしまっているので、この「読書ノート」で記憶を喚起してから読む。もともとこの読書記録は、そのためにつけているのだ。

さて、そんなこんなで読み終えたところの印象としては、残りの三冊にもかなり期待がもてそうに思えた。全体的な構成も読みやすいし、各章とも非常に充実した内容で、現時点では最前線の政策法務論となっているように思う。

ちなみに印象的だったのは、これまで政策法務論を先頭に立って推進してきた田中孝男氏(第9章)が、ここにきて議員提案条例の増加に対して、大勢として肯定しつつも、偏向イデオロギー条例の増加や執行機関の権限への侵害が生じているのではないかと、危惧を表明していたこと。

まあ、国よりさらに保守的な自治体議会の「現場」をご存知であれば、議員提案条例と言ったときにこうした条例の存在は当然に想定されるところだと思うのだが、当時(政策法務黎明期)は、そんなことは言っていられない状況だったということなのだろう。「議員提案条例が少なすぎる」という段階から、やっと「中身」の議論に移ってきたのだと考えれば、それはそれで感慨深いものがある。

考え方の整理という点で非常に参考になったのは、編者でもある川崎氏による第4章「自治立法と法」。「自治立法は、政策と法が交錯する作用であり、現象である」と規定した上で、問題解決の思考パターンを「要件−効果型」の法的思考と「目的−手段型」の政策的思考に整理しているのだが、私自身の理解のレベルで言えば、政策法務論の原理的にもっともゴチャゴチャしている部分が、このベクトルでスパッと理解できたように思う。

そもそも、政策法務を論じる際の思考回路としては、政策目的を設定した上でそこに到達するための法的手段を検討するという「目的−手段型」の発想が用いられることが多い。というか、著者に言わせれば、そもそも立法とはこうした思考が行われる領域なのである。この場合、重要になる要素としては「必要性」「有効性」「効率性」がある。

ところが一方で、条例はあくまで「法」なのであって、つまりは(やろうと思えば)人権を制限し、違反した者に刑罰を科することさえできる。そして、その適否については最終的には裁判所で判断が行われるのであって、そこでは厳密な法適用のフレームとして「要件−効果」の思考法が用いられるのだ。

こうした「法的な視点」で条例を見た場合、問題となるのは「正当性」と「適格性」であると著者は言う。正当性とは内容面の「正しさ」であり、公正性や公平性、憲法適合性などが問題とされる。「適格性」とは法形式としての正しさである。

この「政策的視点」と「法的視点」は、本来車の両輪であるはずだが、実際の現場では、ともすれば政治的配慮が優先され、法的視点がおろそかにされやすい。著者はこう書いている。

「いくら必要であり、効率的なものであっても、法的にはできないこともある。法的な面からの議論・指摘が、現実的な必要性・妥当性に基づく立法的な対応を阻害するものとして批判するような向きもみられるが、民主主義的な視点に偏りすぎ、住民の要求や多数派の意思ばかりに重きが置かれることになると、自由主義的な視点や少数者の人権に対する配慮が希薄となりかねず、条例の法としての基盤を揺るがすことにもなりかねない」(p.151)


このあたりは先ほど挙げた田中氏の議論とも相通じるものであり、第6章「自治立法と立法技術」でも、広島市暴走族追放条例を例にとって、同じような視点から詳細な分析が行われている。

ちなみにこの広島市の条例にかかる判決(平成19年9月8日最判)では、結果としてはある意味「お目こぼし」をいただいたとはいえ、その理由において条例の規定の仕方がかなり厳しく批判された(藤田裁判官は「本条例の粗雑な既定の仕方が、単純に立法技術が稚拙であることに由来するものである」と反対意見を述べた)。

もちろんこの広島市の条例への最高裁の判断をもって、すべての自治体法務の現場が「立法技術が稚拙」であるということにはならないが、それでもこれまでの「政策」に偏った自治体法務論のあり方が、この判決をきっかけに見直されることになったという面はあるのではないか。本書には他にもこの判決への言及が何箇所かでなされており、いかに関係者にとってショッキングな内容だったか良く分かる。

他にも本書はいろいろ参考になる点が多く、個人的な関心で言うと、第2章「自治立法のプロセスとシステム」は、千葉県で政策法務の現場に携わっていた方が書かれているだけあって、現場レベルの具体的な「生きた知恵」が感じられた。国の法令と条例との関係についても、単にタテマエ論を振りかざすのではなく、具体的な協議・調整の注意点や考え方を条例制定のプロセスの中に位置づけて論じていて、たいへん参考になった。

検察協議についても同様であるが、単に調整のノウハウが書かれているだけではなく「検察の意見は刑罰法規の専門家として尊重されるべきではあるが、最終的な判断は自治体に委ねられている」(p.81)と、基本的な姿勢についてクギを刺すことは忘れない。確かに、検察協議が行われるのは、あくまで検察が公訴権を独占していることとの関係にすぎず、検察がモノを言えるのはその範囲内にすぎないはずなのである。

なんだかずいぶん長くなってきたのでこのへんにするが、自治体政策法務の原理から実務まで、ホンネからタテマエまで(あれ? 逆か)、いろいろ詰まった良質のテキストであるということを、最後に念押ししておきたい。とりあえずこのシリーズは今後とも読み続けたい。オススメ。