自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1626冊目】横山秀夫『64』

64(ロクヨン)

64(ロクヨン)

圧巻の警察小説。横山秀夫の小説は、たぶん出たものは全部読んでいると思うが、ここまでのめり込むように読まされたのは初めてかもしれない。

警務部と刑事部という警察内部の生々しい争いに、14年前の「昭和64年」に起きた誘拐殺人事件をめぐる謎。さらに主人公の三上は「現場」を外され、D県警の「広報官」の職にいる。マスコミ対応の専門だ。したがって本書は、「警察と報道」の関係を真正面から取り上げた、きわめて珍しい警察小説であるともいえる。

だが考えてみれば、著者の前職は新聞記者だ。記者としての12年間。その後描きつづけてきた独自の警察小説の境地。本書は、その両方が見事に融合した、著者の集大成的な一冊だ。

主人公の三上は、自身も高校生の娘が醜形恐怖を病んで家出している(本書の冒頭は、身元不明の女性の遺体を三上が確認し、娘ではなかったことを知って胸をなでおろすところから始まる)。いなくなった娘をめぐる妻との微妙な心理的関係もまた、本書に大きな影を落としている。最悪の結末に終わった14年前の事件が、娘の不在とオーバーラップする。

そんなところに降ってわいたのが、14年前の事件現場や遺族宅への警察庁長官訪問だ。実名報道を巡って記者クラブとこじれた三上に、記者たちとの関係を修復し、同時に遺族の了解を取り付けるよう無理難題の指令が下る。組織の殻を脱ぎ捨て、自身の人間性を賭けたギリギリの駆け引きでどうにか記者たちとの関係を修復した三上に、今度はとんでもない事件がふりかかる……

とにかく二転三転、事態がダイナミックに動きまくるので、読む手を止めるヒマがない。相変わらずこの人、とんでもないページターナーだ。そんな中、組織の論理と矛盾の中でギリギリの判断を迫られる三上の姿は、形態は大きく違うとはいえ(でも同じ「公務員」なのだが)、組織に身を置く者として、心揺さぶられずにはいられない。

「事件」のほうも読み応え十分だ。特に「第二の誘拐事件」をめぐる真相は、ちょっと感動さえしてしまった。今までの著者の小説は、正直、最後の動機の部分であまり共感できないことが多かったのだが、本書は違った。そしてこのラストで、600ページ以上にわたって張り巡らされてきた伏線の多くが一気に回収される快感たるや。これぞミステリーの醍醐味だ。

もっとも、あまりに伏線を張り過ぎたためか、あるいは最初からその予定だったのか、本書では解決されないままの謎もまた多い。だが、それはそれである種の納得感があった。安易に解決をつけるくらいなら、灰色のままで暗示的に幕を下ろしたほうが良い、という「謎」もあって悪くない。

最後になったが、とにかく本書は、仕事に命を張る連中のカッコよさが素晴らしい。男たるもの(女も)、こんなふうに意地とプライドにまみれつつ、渾身の仕事をしたいものだと思う。