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自治体職員の読書ノート

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【1619冊目】勝海舟『海舟語録』

海舟語録 (講談社学術文庫)

海舟語録 (講談社学術文庫)

巌本善治が記録した晩年の勝海舟の談話を再整理した一冊。同じく勝海舟の談話録としては『氷川清話』が有名だが、本書は同じ聞き手が一貫して、しかも最晩年ギリギリまで海舟の言葉を記録している。

誰が書いたか知らずに読めば大言壮語ばかりのホラ吹き親父かと思ってしまいそうだが、維新最大の立役者だけに、その実績は十分すぎるほど。とはいえ、たとえば「ナアニ、維新の事は、己と西郷とでやつたのサ」(p.258)なんてセリフがさらりと出てくるのは、やはり海舟ならではだろう。ヘンに謙遜せず、淡々と自身の事績を語り、それが結果として大言壮語に見えてしまうあたりは、前に読んだカエサルの『ガリア戦記』を思い出した。

とはいえ海舟の語りは、カエサルの生真面目さとは違い、自由闊達で威勢よい。なんといってもリズミカルな江戸っ子のべらんめえ調が心地良い。世間話の間に寸鉄をさすように鋭い警句が飛び出したり、現在(明治後期あたり)の時勢を論じる中に幕末やそれ以前の歴史を織り混ぜたりと、その語り口は自在そのものである。

一般に、維新を準備した人々はことごとく若死にし、明治政府を作ったのはそれよりずっと小物の連中ばかりだったと言われる。西郷隆盛などは、その中で大きすぎる自分の存在を持て余して西南戦争に至ったように思われるのだが、そう考えると、幕末に傑出した働きをしながら明治の世まで生き残り(海舟は明治32年まで生きた)、これだけの言葉を残して死んだ海舟は、ある意味稀有の存在だったのだろう。だが本書を読むと、威勢の良い言葉の裏側に、なんだか「生き残ってしまった」男の寂しさのようなものを感じてしまうのは、気のせいだろうか。

さて、本書の読みどころはやはり、そうした激動をくぐり抜けた人物ならではの「炯眼」にあるだろう。時勢評、人物評、いずれも面白いが、ここではその中でも現代にも通じると思える洞察をいくつか拾い上げてみた。理屈だけでは到底言えない、壮絶な「現場」の中で鍛え上げられた言葉であって、よく考えるととんでもなくスゴイことをさらりと言ってのけているのがたまらない。

「大事といふものは、成し易いものだ。今でも、成し易い。ただ全権でなければ出来ぬ。人がなければ出来ぬ」(p.66)

「一体、政治家は、機勢の変転といふものを見なければならぬ…(略)…ソノ工合をチヤンと知つて居ると、政治の塩梅が雑作ないのだ」(p.117)

「お前の所に、子供があるかエ。そして、学校へやるだらう。その子供がどうだエ、文明の学問だと言つて、高尚の事を聴きかじつて、口ばかしは上手だらう。そして、お前の言ふ事を聞くかエ。エ、ソレ御覧な。少しも聞きはすまい。そして、おやぢは頑固で困るなどと言つてるよ。その子が、ソウ文明だ文明だと言うてしやべつて居るうちに、倉には蜘蛛の巣が一ぱいになつて、遠からず家を倒してしまふよ。ソレを大きくして考へて御覧な。国民がさうなのだ。西洋の理窟ばかし聞きかじつて、それでみな貧乏するのさ。西洋の方では何と言ふエ。あんまり賞めもすまい。お猿だと言ふぢやアないか(p.163)

「どうも、みんな、人間を生きたものとは思はないやうだ。ソレデ、ワシは、よく言つてやるのサ。どうも、あなた方は、人間を死んだものゝやうに思つて居なさるのが悪い。メシを食ふ、生きたものだから、そのつもりで扱ひなさらねばなりませぬと言うたのサ」(p.195)

「経済の事は、窮つてそれから道が開けるのだ。自然に随ふことは、段々進歩するだけだね。決してあと戻りといふことが無いよ。
 人心の理といふものは、古今同じだからナ。たゞその趣が違つて見えるだけだもの」(p.245)

「国といふものは、独立して、何か卓絶したものがなければならぬ。いくら、西洋々々といつても、善い事は採り、その外に何かなければならぬ。それが無いのだもの。つまり、亜細亜に人が無いのだよ。それで、一々西洋の真似をするのだ」(p.248)

「ナニ、誰を味方にしようなどといふから、間違ふのだ。みンな、敵がいゝ。敵が無いと、事が出来ぬ。国家といふものは、みんながワイワイ反対して、それでいゝのだ」(p.255)

「一ツ、大本を守つて、しツかりした所がありさへすれば、騒ぎのあるのは、反つて善いのだと言ふけれども、どうもわからないネ。一つ、大本を守つて、それから、変化して往くのだ。その変化が出来にくいものとみえる」(p.273)


氷川清話 (講談社学術文庫)