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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1615冊目】西川伸一『知られざる官庁 新内閣法制局』

国家・市場・労働

立法の中枢 知られざる官庁 新内閣法制局

立法の中枢 知られざる官庁 新内閣法制局

別に「新内閣法制局」という組織ができたというワケではない。以前刊行された『知られざる官庁 内閣法制局』の新版、ということである。

新版といっても刊行されたのは2002年。テロ対策特措法とか有事法制関連がまだまだホットな話題だった頃であり、読んでいてずいぶん懐かしい。新版ということで冒頭には「テロ対策特別措置法をめぐる政治状況」という長めの一章が追加されている。

そして、本書の刊行からさらに10年余りが経った。少し前のことになるが、内閣法制局をめぐる話題が、珍しく新聞やテレビを賑わせた。前駐仏大使の小松一郎氏の内閣法制局長官への起用である。

もちろん、普通の人事ならこれほどマスコミを賑わすことはない。話題となったのは、集団的自衛権容認派の人物を長官とする「異例の人事」によって内閣法制局憲法解釈を変更させ、集団的自衛権行使に道筋をつけようとの安倍首相の思惑がうかがえるからだ。なにしろ内閣法制局長官は、本書によれば、タテマエ上は内閣に人事権があるが、現実には「次期長官は現次長、次の次の長官は現第一部長」(p.142)という「慣例」で一貫してきたのである。

これだけ見ると「安倍内閣はケシカラン」とも思えてくるが、しかしそもそも、人事権が首相にあるものを、これまでの慣例でそれが形骸化していたからといって、今後もそのままにせよというのもおかしな話である。いや、だいたい一官庁にすぎない「内閣法制局」の長官をすげかえることが、そんなに重大な問題なのか。そもそも内閣法制局って、何者なのか。

本書は10年前の本であるが、こうした疑問にかなり明快に応えてくれる一冊だ。内閣法制局の法令審査の厳格ぶり、現実より「論理」を優先する性質、そしてこの小さな官庁が発する「意見」が他の官庁に与える影響の絶大さが、本書を読むとよくわかる。

著者は、こうした事実上の強大な権力を一官庁が保持することに、必ずしも賛成しているわけではない。特に「時代の変化や現実への対応より、冷徹な論理の積み重ね」を偏重する法制局の法解釈については、かなり手厳しい意見を述べている。だが、それでは著者が今回の安倍政権の「長官人事」に賛成しそうかというと、本書には当然そんなことは書かれていないので推測するしかないのだが、そういう感じもしないのである。

このへんが本書のアンバランスなところなのだが、著者はこの手の本にしては例外的なほどあからさまに、ご自身のリベラルで左派的なスタンスを前面に押し出している。例えば内閣法制局廃止を訴える意見が保守勢力からあがってきたとしているくだりでは、こう書いている。

護憲勢力や市民の側からも、内閣法制局に対する異議申し立ての声がもっとあがっていい。さもなければ、その主張は保守勢力の専売特許として都合よく利用されてしまう」(p.186)


だが実際問題、今回の人事でも見られるとおり、内閣法制局の廃止やありかたをめぐる議論の多くは、いわゆる保守勢力からなされている。面白いのは現在の首相である安倍晋三が2001年「内閣の一機関である内閣法制局が最終的な憲法判断をするのはおかしい」と語り、石破茂幹事長もまた同じ年に「政治的な逃げ道をこちらに持ち込まないでくださいと内閣法制局も言っている」という声を紹介しているという(いずれもp.60)。著者はこれに対して「内閣法制局の解釈に甘えてきた保守政治の側の「不作為」こそ問われるべきであろう」と書いているが、さっきも書いたように、では今回の人事についてはどう考えるのだろうか。

とはいえ、この問題は実にややこしい。そもそも憲法判断を一行政機関が行うことの妥当性の問題もあるし、考えてみれば一切の法的な拘束力をもたない内閣法制局の「意見」に、なぜこれほど周囲が右往左往しなければならないのか、とも思える。お墨付きが欲しい、ということなのかもしれないが、それなら自分に都合の悪いお墨付きが出た時だけ「内閣法制局不要論」を唱えるのは、ちょっと虫の良すぎる態度ではないだろうか。

しかしもっとも根本的な問題は、本書でも指摘されているように、内閣法制局のもう一方の「業務」である法令審査は官庁の作った法案に対するものである、ということだ。つまり、これってそもそも立法府の一員である議員が法律をあまり作らず、国会への提出法案のほとんどが政府提出であるという現状そのものの問題でもあるのだ。

では議員立法の現状はどうかというと、これが本書後半のメイン・テーマなのだが、これがまたかなりややこしいことになっている。確かに議員立法によってかなり有益な法律が作られてきたが、そのハードルは実に高い。賛成議員の人数という制約、政党の事前承認という事実上の条件、審議省略による議論の形骸化、国対による調整の網……。ちなみに両議院の法制局という、内閣法制局以上に光のなかなか当たらない部署についても、本書はたいへん詳細にリポートしており、非常に面白く読むことができた。

前々から気になっていた本だが、長官人事をめぐるいろんな論評を読むうちにあらためて読みたくなり、今回、やっと手に取ることができた。なお要望を言えば、もう少し内閣法制局の(厳しいと有名な)審査の内容をもうちょっと読みたかったかな。資料があまりオープンにされていないということなのかもしれないが、国の法令審査の「凄み」を、もっと感じてみたかった。