自治体職員の読書ノート

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【1613冊目】ギルバート・ワルドバウアー『虫と文明』

虫と文明: 螢のドレス・王様のハチミツ酒・カイガラムシのレコード

虫と文明: 螢のドレス・王様のハチミツ酒・カイガラムシのレコード

虫の驚くべき生態に触れた本は、かの名著『ファーブル昆虫記』をはじめいろいろあるが、本書は虫と人間との関わりをメインにした一冊と言う点でちょっと変わっている。

「関わり」と言っても、もっぱら人間が虫を利用するという一方的な関係なのだが(虫が人間を利用しているケースもあると思うのだが…)、それだけに、人間にとって虫がどれほど重要な存在なのかがよくわかる。安易に殺虫剤など撒いていい相手じゃないのである。

代表的なのが、本書の原題「Fireflies,Honey,and Silk」にもあるように、シルク(絹)とハチミツだ。この二つは養蚕、養蜂として産業化されており、蚕にいたっては、なんとすでに野生状態では存在しないという。

だが、人間にとっての虫の「効用」はこれだけではない。虫は装飾品にも愛玩動物にもなり、さらには食糧にもなれば、医療の一環としても用いられる。食糧としては、日本でもイナゴやハチノコを食べる文化があり、本書でも紹介されているが、そこで「とびきり現代的で完璧なる文明人である日本人も、特別なごちそうとして虫を食べる」(p.159)と書かれているのは、、、う〜ん、ちょっとフクザツ。

とはいえ、イモムシやアリ、シロアリ等を食用とする文化は世界中のいろんなところで見られるのであって、現代の日本人がそういった食文化に抵抗を覚えるとすれば、その一因は、「昆虫食への偏見を持っている」西洋社会の影響を深いところまで受けてしまったためなのかもしれない。

実際、本書ではアフリカで西洋流の「教育」を受けた人々が、昆虫食の習慣を未開の行為として捨ててしまっていることが指摘されている。一方では、(これは本書の指摘ではないが)食糧問題への打開策として、昆虫食が注目されているというのに。

食糧と並んで抵抗感が大きそうなのが、昆虫医療だ。傷の縫合をアリの頭部で行う、というのもかなりインパクトがあるが、強烈だったのが「ウジ療法」。クロバエの幼虫は死肉だけを選択的に食べ、肉芽組織の成育を促す物質を出していると言われても、さすがにちょっと、これはお試ししたくない。

だが実際、第一次世界大戦中に重傷を負って7日間にわたり放置された二人の兵士が熱発も化膿、敗血症もなく、傷口がみずみずしいピンク色で再生が始まっていたと言われると(その上にクロバエのウジが何千とうごめいていたわけだが)、その効果は認めざるを得ないだろう。

さて、本書は物理的な効能から虫への愛着、愛玩の面まで幅広くカバーしているが、中でも日本人の「虫文化」にはかなりのページを割いている。トンボ、ホタル、コオロギなどへの想いは、世界的にみてもかなり突出しているらしい。コオロギを詠んだ万葉集の歌や、クツワムシを詠み込んだ和泉式部の和歌まで登場するのには驚いた。もっとも、今やこうした「コオロギ文化」も様変わりし、今や鈴虫そっくりの音を出す装置や虫の音を流すCDが売られていることにもちゃんと触れられているのだが……。

一部を除き、虫はわれわれの生活にとってあまり歓迎されない生き物である。だが、(歓迎されざるヤツらも含め)虫がいなくてはわれわれの生活自体が成り立たないことも忘れてはならない。ミツバチが激減したことで植物の受粉が行われなくなったことは有名だろう。

だが個人的には、そもそも人間は虫たちの世界に「後から」やってきたことを、そもそも忘れてはならないのだと思う。人間にとって虫が役に立つかどうか判断するなど、考えてみればおこがましい限りであろう。

せめてわれわれは、台所に蟻が出て困るのだがどうすれば良いか、という相談を受けた世界的な蟻の権威が答えた内容に学ぶべきだろう。その学者は、こう答えたというのである。

「足を下ろすときは慎重に」(p.34)