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自治体職員の読書ノート

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【1605冊目】魯迅『酒楼にて/非攻』

酒楼にて/非攻 (光文社古典新訳文庫)

酒楼にて/非攻 (光文社古典新訳文庫)

魯迅は「阿Q正伝」や「狂人日記」などが収められている第一作品集「吶喊」が有名だが、本書は第二作品集『彷徨』からの4篇と、中国の故事を魯迅流に焼き直した「故事新編」からの4篇から成る短編集だ。

「阿Q正伝」などの収録された作品集は岩波文庫版を読んだことがあるが、本書の訳者解説によると、岩波版の竹内好訳は魯迅の原文を短く区切り過ぎているとのこと。

確かに本書の訳文はけっこう一つの文が長めで、しかもその中にいろいろ屈折や葛藤が織り込まれているのだが、では読みにくいかと言えば全然そんなことはない。魯迅の思考を文章で伝える、という訳者の狙いがどの程度達成できているのか私には判定する能力はないけれど、少なくとも訳者の言う「日本語訳文の魯迅化」は、単に訳文としてみても悪くないと思う。

『彷徨』からの4篇「祝福」「酒楼にて」「石鹸」「愛と死」は、いずれも現代中国を舞台に、民衆の生活の「やるせなさ」を描いている。いずれもそれなりの事件が起きたり、葛藤を呼ぶような事態が起こるのだが、ハリウッド映画みたいにそれを解決してハッピーエンド、といかないのが魯迅のリアリズムである。

「祝福」では迷信的で最貧困層の女性が周囲に翻弄されて乞食となり、行き倒れて死んでしまうが、比較的裕福な立場にいるインテリと思われる「僕」はそのことを淡々と語るのみで、共感というよりは、そんな女性に関わりをもった戸惑いのようなものが感じられる。冷たいヤツだ。「愛と死」でも、同棲相手の女性に対する愛が冷めてきた男がそのことを相手に告げてしまい、相手は父親に連れられて家に戻るが、その後まもなく死んでしまう。「祝福」に比べると女性を失った男の悲嘆はまだしも感じられたが、それもどこか冷めているというか、諦めのようなものがその裏側にうかがえた。

こうしたリアリズムの世界に浸っていると、後半の4篇は調子がガラリと変わる。古代中国の弓の名手が、獲物を狩りつくしてしまい妻にロクなものを食べさせられない「奔月」、眉間尺という妙な名前の少年の復讐譚「鋳剣」、墨子を取り上げた中国では珍しい短篇「非攻」、老子が関所を通って砂漠に抜け出た時のエピソードを小説化した「出関」と、墨子老子が気になる私としては垂涎のラインナップなのだが、実は一番びっくりしたのは「鋳剣」だった。

何しろ復讐を誓う少年は謎の「黒い男」に復讐を託するため自らの首を斬りおとし、湯だった鼎の中で王と少年の生首がお互いを食らいあう、というのだから、これはなかなかすさまじい。それにしてもこの話、どこかで読んだことがある……と思っていたら、ちくま文学の森の「恐ろしい話」に、「剣を鍛える話」として収録されていた。読んだのは10年以上前だが、忘れがたい。グリム童話あたりで出てきそうな作品である。

阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫) ちくま文学の森6巻 恐ろしい話