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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1592冊目】甲野善紀・荻野アンナ『古武術で毎日がラクラク! 疲れない。ケガしない「体の使い方」』

重い荷物は、中指・薬指・小指の三本で持つ。満員電車は、人ごみの中に手を入れて、その手に引っ張られるようにすれば抜けられる。重いモノを持ちあげる時は「井戸のつるべ」のようなイメージで、腰を落とせば持ちあがる。後ろから抱きつかれた時は、相手の腕をつかみ、ぶら下がるつもりで腰を落とす。椅子にすわっている人を立たせるには、脇に手を入れて前後に軽くゆすり「いち、にの、さん」……

古武術の体の使い方を応用すれば、日常動作がびっくりするほど変わる。そのことを「実体験つき」で懇切丁寧に紹介したのが本書。荻野氏の絶妙に分かりやすい文章に、sinoさんのシンプルだが的確なイラストがぴったりだ。なんといっても、読んでいてすぐ実践できるのが良い。

そして、やってみればすぐに、本書に書かれているのがタダゴトでないほどの革命的な身体動作ばかりであることが分かるだろう。実際、私は最初の「カバンの持ち方」で仰天し(今までの苦労は何だったんだ……と思いたくなった)、つるべの原理を利用した「椅子からの立ち方」で愕然とし、「ワイパー受け身」の見事さに、床を転がりながら惚れ込んだ。

しかも本書に収められているやり方は、上のような日常の動作から肩こり解消術、シンプルで実用性十分の護身術、そして仰天のラクラク介護術と、おそろしく幅が広い。中にはそれなりの「修業」が必要なものもあるが、だからといって体育の成績が悪くても心配無用。なにしろ荻野氏も、その「師匠」である甲野氏も、小学校の体育の成績は「2」だったというのだから。

それにしても、こういう体の使い方があったことを知らなかったなんて、それだけで人生いろいろ損した気分である。しかも、甲野氏は研究に研究を重ね、その身体運用術をどんどん進歩させているというのだから、いったい今やどんなことになっているのか気になってしょうがない。その向こう側に見据えているのは、新たな動きを開発すると同時に、「近代的な」体育や運動技術によって失われた古武術の動きを再発見することで、古い武術書等に書かれた日本人の古来からの体の動かし方を取り戻すこと、であるようだ。

立っている時の姿勢についての指摘が興味深い。剣道などでの胸を張って背筋を反らせる姿勢は明治時代からのことで、ドイツ式の直立不動の「気をつけ」の姿勢がいろんな分野に導入されたらしい(そういえば小学校の体育も「気をつけ」から始まる)。それ以前の「剣術」の時代では、こうだという。

「軽く胸を落とし、背中からお尻まで、自然な丸みを帯びたひとつの線にする。ひざは突っ張らずに、ゆるみを持たせる。重心は足の裏の中心、いわゆる土踏まずに置く。イメージとしては、体が浮いている」(p.32)


もっとも基本的な立ち姿勢ひとつとってもこの違いだ。いかに日常の無意識的な体の動かし方が変わってくるか、想像がつくと思う。

なお、本書は荻野氏のネーミングが絶妙だ。的確で、しかも適度に軽く、ユーモアがある。こういうネーミングって、なかなかできない。例えば「鉄人28号歩き」「キツネコンコンの手」「ロダンの雑巾絞り」「アヒルがーがーの術」……。ね、どんなワザなのか、気になるでしょ。