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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1564冊目】御厨貴・松原隆一郎『政治の終焉』

国家・市場・労働

政治の終焉 (NHK出版新書 406)

政治の終焉 (NHK出版新書 406)

そういえば、最近NHK出版新書がなかなか面白い。先日の『失われた30年』に続き、本書もNHKだ。他にも何冊か気になる本があり、ひょっとするとこのレーベル自体、要チェックかもしれない。

さて、本書は「中長期的に日本の政治の来し方行く末を論じたらどうなるか」という企画で行われた対談なのだが、注目は行われた時期。2012年11月、12月、2013年1月という、民主党が下野して自民党が政権与党に返り咲いた時期をまたいでいるのだ。

そのため話題の中心は、なんといっても自民党である。だが、安倍内閣に対するお二人の評価はかなり辛口だ。「追憶の党」という御厨氏の巧みなネーミングが、それを象徴している。

そもそも12月の衆院選は、自民党の勝利というより、むしろ「民主党オウンゴール」と「少数政党の自爆」によって、結果として自民党以外の選択肢がほぼなくなってしまったという、まあなんともひどい選挙だった。だから「安倍自民党がなぜ国民から選ばれたか」を考えること自体、選挙結果からはズレているのだが、それでもあえてそこに意味を見いだすとすれば、たしかにそれは「追憶」なのだろう。

古き良き日本。それが昭和30年代なのか、高度成長期なのか、はたまたバブル期なのかはその人によると思うが、とにかく自民党が象徴するかつての日本へのノスタルジー、かつての「成功体験」にしか、今の日本人にはすがるものがなかったのだ。そのこと自体が、いかにも「終わっている」のだが、しかし問題は、そうした追憶さえ、今の日本には許されないという、そのことのほうにある。

なぜなら、かつての「古き良き日本」を支えていたものが、今やことごとく崩壊しているか、崩壊しかかっているからだ。家族は解体し、地方の共同体は衰退し、会社も従業員を使い捨てるようになっている。本来なら、そうした変化に合わせて制度を変更していくのが現実主義というものであり、それこそが自民党の「暗黙知」であった。そう著者(松原氏)は指摘する。本来、保守とはそういうものであるはずだ。

にもかかわらず、今の安倍政権がやろうとしているのは、復古的な理想主義に基づく大ズレの政策ばかり。ノスタルジーという理想主義に、今の安倍政権はどっぷり浸かっている。著者らが本書で繰り返し指摘するのが、そうした政権与党への強い危機感だ。

「いまはむしろ「右翼的理想主義」という感じです。これはやはり危険なことです。戦争をするという意味で危険だというのではありません。自分たちの掲げる理想がすでに機能しなくなっていることに気づかない間に、現実に困難を抱えている多くの人が見捨てられてしまうという意味で危険なんです」(p.48)

それでも現実的には、今の日本において、政権与党としての選択肢は自民党以外にほとんどありえない。だから本書は、ある意味諦め半分ながら、それでも自民党をどう建て直すべきかについて論じている。そこで求められるのが、2つの「追憶」からの解放だ。

第一は、先ほど述べた戦後体制への追憶。第二は、ちょっと意外かもしれないが、1930年代モデルへの追憶だ。後者についてカンタンに言うと、これは戦争へ突き進んだ歴史を安易に現代の政治に重ね合わせることへの警鐘なのだ。確かに歴史に学ぶことは重要だが、過剰な恐怖と不安をそこに混ぜ込むことは、かえって正当な判断を遠ざけることになる。

お二人はいわゆる「保守」の立場に立っているらしい。だが、そのお二人が今の自民党をこれだけ手厳しく批判せざるを得ず、かといってそれに代わるべき政党も見当たらないというこの現実は、まさに「政治の終焉」というにふさわしい。

マスメディアの安易な「アベノミクス」礼賛に対し、きちんと眉に唾をつけるための一冊。主張のすべてに賛同できたわけではなかったが、おやっと思う点も含め、得るものは多い。批判も含め、政治に対してしっかりと「眼を肥やす」ための一冊だ。