自治体職員の読書ノート

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【1560冊目】佐藤亜紀『金の仔牛』

金の仔牛

金の仔牛

びっくりするほど面白かった。すごいぞ、これは。

著者の作品は『ミノタウロス』以来で、『ミノタウロス』もあまりの面白さに飛びあがった一冊だったんだが(いまもってこの作品は私にとってオールタイム・ベスト小説のうちのひとつ)、なのになぜ、その時著者の他の小説を読まなかったのか、この本を読んで猛烈に後悔した。その時からちゃんとフォローしていれば、本書ももっと早く手に取ることができただろうに。ああ、もったいないことをした。

本書の舞台は、18世紀のパリ。追い剥ぎのアルノーは、狙った獲物だったはずの投資家カトルメールに逆に抱き込まれ、金が金を生む壮絶な株取引を切りまわす一方で、美しく蓮っ葉なニコルに惚れたことからその父親のルノーダンに睨まれてしまう。

ルノーダンの策謀から、貴族ながら強盗が趣味で人を殺すのが大好きというオーヴィリエを巻き込んだ危険な賭けに引きずり込まれたアルノーは、後には引けない戦いに突入していく。戦いといっても、武器はカネと知恵。オーヴィリエの冷たい刃を背中に感じつつも、アルノーの「億万長者への道」が始まる……

登場するのは見事なまでに悪党ばっかり。主人公のアルノーは追い剥ぎだし、カトルメールは何を考えているか分からないが、少なくとも善人には見えない。ルノーダンはアルノーを罠にはめようと画策し、知恵者のヴィセンバック兄弟はややこしい謀り事をめぐらしている。だがなんといっても圧倒的で異様な存在感を放っているのは、危険極まりない狂った貴族オーヴィリエ。まさに平成日本のアベノミクスどころではない、魑魅魍魎が乱舞するバブルの現場なのである。

悪意と悪意が交錯するなかを、ギリギリのマネーゲームで渡っていくアルノー。株の売り買いのテクニックは現代金融工学のルーツとも思え、コンピュータどころか電話さえない時代にこんなに複雑な取り引きがありうるのか……と思っていたら、なんと本書のもとになっているのは実際に18世紀のフランスで起きたバブルとその崩壊であるというから驚いた。

ジョン・ローなる人物が仕掛けたとされるこの事件は、バブルを演出した紙幣なるものへの不信感を生むもととなった。言い換えれば、紙幣だの株券だのという存在のうさんくささ、国家と貨幣経済のあやうい関係性を一挙にあぶり出したのが、ジョン・ローの「ル・システム」と呼ばれた仕組みであったのだ。

カネというものの危なっかしい相対性を、これほど見事に小説であぶり出した著者の手腕はものすごい。だがもっとスゴイのは、そのあやうさの上にアルノーとニコルの人生ドラマを乗せてドライブしてみせたことだろう。中でも私が好きなのは、あぶく銭で買ったバブリーな豪邸をある朝歩いて回ったアルノーが、ニコルにこうつぶやくシーンだ。

「おれ、やめるわ」

その後の会話がまたすばらしいのだが、これはぜひ本で読んでほしい。まあ、結局そのままさっさと足抜けができるほどこの世界は甘くないワケだが、憑き物が落ちてホッとしたそれからのアルノーは、それまでとはまるっきり別人だ。何が人生の幸福か、考えさせられるくだりである。

カネと欲のリアルを追求し、そこに若者の成長譚(というか「泥沼に浸かっていく度合い」)を綴ったジェットコースター・マネー・クライム・ノヴェル(なんのこっちゃ)。まあとにかく、騙されたと思ってお読みあれ。

ミノタウロス (講談社文庫)