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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1559冊目】桜部建・上村春平『仏教の思想2 存在の分析〈アビダルマ〉』

原理・思想・宗教

存在の分析「アビダルマ」―仏教の思想〈2〉 (角川文庫ソフィア)

存在の分析「アビダルマ」―仏教の思想〈2〉 (角川文庫ソフィア)

言うまでもなく、仏教はブッダにはじまった。ブッダの教えは「経」とりわけアーガマ阿含経)にまとめられたが、それを体系的にまとめあげ、いわば仏教の理論装置となったのが、本書のテーマ「アビダルマ(阿毘達磨)」である。

アビダルマのようなものは、ブッダが生きていたらたぶん認めなかったんじゃないかと思うのだが、しかしある程度の理論づけ、構造化のプロセスがないと、世界宗教として仏教がひろく伝わることにはならなかっただろう。始祖の教えをそのまま伝えるだけでは、どうしても数百年の単位のなかでは先細りになってしまう。

そうしたことは、キリスト教イスラム教にも多かれ少なかれ言えるだろう。ちなみに著者(上山氏)は、玄奘訳の「阿毘達磨倶舎論」を「西洋でいえば、おそらく聖トマス(トマス・アクィナス)の『スンマ・テオロギカ(神学大全)』に匹敵するものであろう」と書いている。

しかも、アビダルマはその後の大乗仏教の思想の流れにも底流しているといわれ、いわば原始仏教から部派仏教や大乗仏教への流れの結節点にある思想体系であるらしい。ところが、このアビダルマに関する本を読もうと思って今回いろいろ調べたら、これがびっくりするほど少ない。一般向けに書かれた書籍としては、本書はほとんど唯一といってよい。

ちなみに本書は角川書店が刊行した全12巻の「仏教の思想」の2巻目にあたる。一説では、当初「一遍」を入れる予定が、上山氏の説得でアビダルマになったらしい。慧眼である(一遍も大事だとは思うが)。

とはいえ、アビダルマを扱った一般向けの本が少ない理由は、アビダルマの側にもあるようだ。何しろ難しいのである。なにせ上山氏自身も「はしがき」で「無味乾燥の煩瑣哲学」と形容しているくらいなのだ。

とはいっても、アビダルマの代表格である「倶舎論」について言えば、文章が難しいというワケではないらしい。むしろ「叙述は明快であり、いちいちの用語には簡潔な定義を下しながら、整然と体系的に構築されているのであるが、その体系がすこぶる壮大であり、その構成部分が複雑をきわめている」のだとか。う〜ん、要するに、やっぱり難しいんでしょ?

本書はそんなアビダルマを「倶舎論」を軸に解説する一冊だ。読んでみると、なるほど確かに、めっぽう理論的だし、構造的。多元宇宙論量子論を思わせる独特の世界観もみられる。おそらくは、ウパニシャッド以来のインド哲学もかなり流れ込んできているのだろう。相当に理屈っぽいし、体系的で構造的である。

本書の解説は、この手のややこしい対象を扱っている割に相当わかりやすい。そのため、独特の仏教用語に最初はなかなか入っていけなかったが、頭が慣れてくるとそれなりに読み進むことができた。

説明もうまく、「三世実有」を映画のフィルムにたとえて説明するあたりなど、なかなか絶妙である(でも、映画もデジタル時代になって、このフィルムのたとえもそのうち分かってもらえなくなるんだろうなあ)。カットできる部分があまりないため、長めに引用してしまうが、ご了承いただきたく。

「一つのリールから送り出された映画のフィルムは、一こま一こまランプの前に現われ、それによって照らされてスクリーンの上に一瞬画面を投影するが、次の瞬間には別のリールに巻き取られてゆく。フィルムの流れはリールからリールへと動いてやむことはないが、フィルムに巻き取られた一こまの画面そのものは、はじめのリールの中にあるときも、ランプに照らし出されるときも、あとのリールに巻き取られたのちも、動かず変わらずに存在している。そしてスクリーンに次々と映し出される影像は、一つ一つとしては瞬間的であり動きのないものでありながら、それが無数に不断に連続することによって、変化活動し、時間的経過をもった一編の物語を織り成していく。
 はじめのリールは、ダルマの経過する三世の中の未来の領域にあたり、ランプによって照らされる瞬間は現在にあたり、あとのリールは過去の領域にあたる。フィルムの一こま一こまがすなわちダルマ、厳密にいえば、ともに生起する無数のダルマの集合、である。そして、スクリーンに映し出された影像の活動変化によって織り成される物語は、まさしく現実の経験的世界すなわち「諸行無常」の世界に相当する」

なるほど、人生は映画なり、そしてダルマはフィルムなり、と。これは人生訓としても使えそうだ。ちなみに「三世実有」とは、ダルマはそれ自体の変わらぬ特性をもちながら過去・現在・未来(これが「三世」)に存在する、ということだ。上記引用はこれの説明。わかりやすいでしょ?

アビダルマとは何たるかについての理解にも、ブッダの教えそのものの深奥を知るにもぴったりの一冊……というか、アビダルマほどの重要テーマに関して、ここまで類書が少ないのはちょっと寂しいものがある。誰か何とかしてください。

それにしても、この「仏教の思想」シリーズは、全体の構成も含めなかなか秀逸だ。まずはこのシリーズを縦軸に、めっぽう幅広い仏教思想の俯瞰図を手に入れよう、か。