自治体職員の読書ノート

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【1555冊目】西尾勝『自治・分権再考』

自治・分権再考

自治・分権再考

著者を講師に招いて自治体学会で企画、実施した「10時間巡回集中講義」の内容を書籍化した一冊。熱意ある自治体職員を相手にして、著者自身の語りも熱く、本書にもその熱気が残り火のように残っている。

著者は地方分権をめぐるここ数年の動向のなかで、20年にわたりその渦中に居続けた。なにしろ1993年の地方分権推進委員会にはじまり、現在も第30次地方制度調査会の会長を務めているのである。良くも悪くも、日本の地方分権改革はこの人抜きに語れない。

ところがその著者みずからが、本書冒頭で自治体職員に向けてこう語っている。「これ以上の分権化を求めて右往左往することは、しばらく差し控え、それぞれの自治体の現場で自治の実践の質を高め、自治の本領を発揮することに、皆さんの関心とエネルギーを向け直してほしい」(p.7)と。

その背景には、ここ数年あらわれてきた、性急でヤミクモな改革要求への強い危機感がある。なぜならそれらは第一に、地方分権改革の究極の目的が正しく理解されていない。第二に、地方分権改革のむずかしさが的確に認識されていない。第三に、地方分権改革に対する要求の行き過ぎがみられるという。

そもそも著者によれば、分権改革の究極目的は「住民自治の拡充」であるという(←同感!)。そして、住民自治拡充の観点からみれば、いたずらに所掌事務を増やすことよりも、まずは現在の所掌事務について自律的に自己決定し得る権限の拡充のほうが重要である(←これも同感!!)。所掌事務を中途半端に拡充しても、その度合いが中途半端で、結果的に住民自治の拡充に資するものにならなければ、それは単なる自治体のエゴにすぎない。

さらにこの点で著者が危惧するのは、所掌事務拡大路線ではどうしても地方間の足並みの乱れが生まれやすく、地方間の合意形成が難しくなるということである。そのようなリスクを冒すよりも、地方に異議が生じにくい自由度拡充路線をメインにしたほうが地方の結束が図れるし、所期の効果も生まれやすい。このあたりはさすがに現場を知る者のしたたかさというか、著者ならではのリアリスティックな感覚からくるものなのだろう。

で、肝心の「住民自治」の内容について詳しく触れているのが、第2講「協働と参加の住民自治」だ。興味深いのは、著者が住民自治を「協働の領域」「参加の領域」に分け、協働の領域を「役所抜き」で地域住民が自主的に協力し、取り組む活動の領域、という意味で使っていることだ。協働というと「役所と住民が一緒に…」といった意味が一般的だろうが、それは著者の語法では「参加の領域」にあたるという。

このあたりは、行政が地域に関わる場合の関わり方の難しさを感じさせる。不用意な関わり方は、かえって行政依存やいらざる制約を地域の運動にもたらし、十分な活動ができなくなってしまうという結果につながりかねない。このへんは、例えば松下啓一氏のいう「一緒にやらない協働」といった考え方にも通ずるところがあり、興味深い。

他にも本書には、著者自身の分権改革に携わった経験、著者の「原体験」ともいえる東京都武蔵野市で長期計画策定委員(長)を務めた経験を踏まえた住民参加論や分権改革論など、著者自身の実践から生まれた「自治」と「分権」への想いが詰まっている。特に第5講「自治体職員の役割と心構え」では、「自治体職員の本質は公共感覚」と喝破し、なかなか鋭い公務員論、公共論を展開しておられる。

さらに第7講「東日本大震災に想う」と、第8講「地域の振興と成熟―原発事故に鑑みて」の2講も充実。理念と実現性を兼ね備えた著者ならではの「311後の自治体論」が展開されている。内容的にはいろいろ議論があるところだと思うが、非常にリアリティのある「311後の地方自治論・自治体論」になっている。

安倍政権になって地方分権談義はめっきり下火であるが、まあ、これまで得られた「果実」を総点検し、住民自治をそれぞれの自治体が深めていくには、これくらいのほうがちょうどよい。むしろこれからの時期のほうが、自治体の力量や熱意がホントのところで問われてくるのではなかろうか。