自治体職員の読書ノート

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【1526冊目】エリザベス・キューブラー・ロス『死ぬ瞬間』

死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)

死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)

メメント・モリ」読書、三冊目。超有名な本だが、それだけにかえって、今まで読む機会がなかった。

さて、本書は、死を前にした末期患者へのインタビューを行った一冊。人が死を受け入れるまでの過程を「否認・孤立」「怒り」「取り引き」「抑鬱」「受容」の5段階に分けて考えた本として知られている。

読む前は、死を前にした人たちへのインタビューなんて重くて暗そうで正直ちょっとわずらわしいと思っていた。それに、死へのステップを5段階に分けたあたりも、なんだかあざとい印象だった。

だが、読み始めてすぐ、この先入観が(どっちも)完全な誤解だったと気付く。むしろテーマは重いのに、引きこまれるように読めてしまった。「死」に関する本が、こんなにするする読めていいのかしら。

そもそも、インタビューを受けている患者さんたちのほとんどが、なんだか全然「暗く」ないのだ。死に対する心構えはそれぞれだが、沈鬱なのはむしろ周囲の家族のほうであり、ご本人はなんだかいたって快活でさばさばしている。これにはびっくりし、当惑さえさせられた。

痛みにのたうちまわる日々を送っている人、家族への恨み言や医者・看護師らへの苦情を言う人など、内容は決して明るくない。だが全体を支配しているのは、行間を風が吹き抜けるような、妙に透徹し、落ち着いた雰囲気。いやはや、不思議な読中感だった。

そして、本書では意外なほど、「死」そのものについて直接語られていない。むしろ生前なすべきことへの不安や残される家族への想いなど、死に至る過程に関する話題が多い。その意味で本書の邦題「死の瞬間」はミスリーディング。1971年に出た邦訳をそのまま残したということらしいのだが、原題が「On Death and Dying」なのだから、訳者あとがきにあるとおり「死とその過程について」に変えてしまっても良かったのではないか。実際、本書の最後の方で、著者はこう書いている。

「死は死にいたる過程が終わる瞬間にすぎない、と言ったのはモンテーニュではなかったか。患者にとって死そのものは問題ではなく、死ぬことを恐れるのは、それに伴う絶望感や無力感、孤独感のためであることがわかった」(p.435)

もっとも、これは「死んだ後なんてどうでもよい」ということではない。こうした心境に至るため、宗教が果している役割を忘れるわけにはいかない。死後の世界に関する考えを尋ねると、多くの人がキリスト教の教えに立脚した答えを返してくるのには驚かされるが、これが欧米のスタンダードなのだろう。

ひるがえって、われわれ日本人はどうだろう。同じようなインタビューを「普通の」日本人に対して行ったら、どういう結果になるだろうか。そういう調査があるのかどうか知らないが、気になるような、いやいや、なんだか怖くて見たくないような、そんな気分だ。

例の「5段階仮説」も、読んでみると案外素直に入ってきた。そもそも著者自身、この5段階は「絶対」ではないと明言しているし、この「5段階」への理解が、末期患者の家族や周囲の人々が本人に接する際の「目安」、ガイドラインになってくることも分かった。要は死に接するための一つのツールとしてうまく使えばいいのである。

ちなみに、一番ギョッとしたのは、最終段階の「受容」が、すべてを乗り越えた安楽な境地ではないという指摘だった。

「受容を幸福な段階と誤認してはならない。受容とは感情がほとんど欠落した状態である。あたかも痛みが消え、苦闘が終わり、ある患者の言葉を借りれば「長い旅路の前の最後の休息」のときが訪れたかのように感じられる」(p.193)

そして、この段階(に限った事ではないが)で重要なのは、何と言っても家族への支援だ。特に、患者が死を受容したにも関わらず、家族がそれを受け入れず、奇跡的な回復や延命治療にこだわるとなると悲劇である。この段階の患者に必要なのは、家族もまた患者の死が迫りつつあることを受け入れ、ただ静かにそばにいるということなのだ。ちょっと長いが、本書でいちばん心に残った箇所なので、引用させてください。

「患者はただ手招きして私たちを呼び、しばらく掛けていてくれと伝える。あるいはただ私たちの手を握り、黙ってそばにいてほしいと頼む。死に瀕した患者を前にしても平静な気分でいられる人々にとっては、そんな無言のひとときは意義のあるコミュニケーションになりうる。患者とともに、窓の外の鳥のさえずりに耳を傾けるのでもよい。私たちがそばにいるだけで、患者は最後まで近くにいてくれるのだと確信する。重要なことの処理は済み、患者が永遠の眠りにつくのももう時間の問題であるのだから、何も言わなくてもかまわないということを患者に知らせるだけでよい。それだけで患者は、もう何も話さなくてもひとりぼっちではないのだという確信を取り戻す。「やかましく」いろいろな言葉をかけるよりも、患者の手を握ったり、見つめたり、背中に枕を当ててやるほうが多くを語ることもある」(p.193〜4)

読んで良かった。大事な人を失う前に、その臨終の床に立ち会う前に、読めて良かった。