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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1513冊目】ウラジーミル・ソローキン『青い脂』

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青い脂

青い脂

現代文学のモンスター、ソローキンの新たな邦訳が出た。

前に読んだ短編集『』は、普通の描写、普通の光景が突然ぶっ壊れたが、本書ではソローキン先生、最初っからアクセル全開、怖いもの無しの暴走をやらかしてくれている。

ボリスという人物の語る中国語とフランス語が混じったグロテスクなロシア語に、意味不明のSF用語がバンバン投入される冒頭に、のっけから茫然となり脱落寸前。そして登場するロシア文豪のクローンたち。頭と手だけで体重の半分を占める身長112センチのトルストイ4号、人工心臓に豚の肝臓をもつアフマートワ2号、縮れた赤毛の太り気味の女性に似たナボコフ7号、キツネザルに似たパステルナーク1号、ダイヤモンドの詰まった宝石箱に興奮するドストエフスキー2号、テーブルの形をした肉体をもつプラトーノフ3号、唯一ホンモノによく似ているチェーホフ3号。プラス・ディレクト。リプス・大便(タービエン)!

……失礼。前半では、このクローンが書いた小説が「作中作」として登場するのだが、これがまたなんともクレイジーなのだ。SM、拷問、エログロ、スカトロのオンパレードというソローキン・ワールドが、ひとつひとつの短篇にしっかりと練り込まれ、いくつもの小爆発を起こしている。しかも「オリジナル」作家のパロディにもなっているらしい(さすがにそこまでは汲み取れなかった)。ちなみに一番びっくりしたのは、プラトーノフ3号の「人肉で走る機関車」。なんということを考え付くのやら。

しかし、なぜクローンは創られ、執筆をしなければならないのか。それはなんといっても、ロシア作家の執筆活動によってのみ生成される「青い脂」を得るためだ。この「青い脂」こそ、熱力学「第四法則」を具現化した、ゼロ・エントロピーの究極物質。だが、それは何の役に立つのか? というと、実はそれが良く分からない。まあ、この設定自体、理解しようとすることそのものが何か間違っている気がする。

「青い脂」はボリスの手からイワンに奪われ、さらに理解困難なやり取りを経て、2068年のロシアから(言い忘れたが、前半の舞台は近未来のロシアである)、なんと1954年にタイムトラベルする。ムチャクチャである。しかもそこはかつてあった1954年ではなく、ヒトラー第三帝国スターリンソ連が手を結んで英米を破ったらしき、悪夢のような「もうひとつの」1954年なのだ……。

まだこの先も物語は延々続くのだが、まあ筋書きはあって無いようなモノ、ただひたすらソローキンの冷徹な狂気に身を委ねるしかない。なにしろスターリンとフルシチョフが「恋人」同士となって繰り広げられる濃厚なベッドシーンが数ページにわたって展開され、ヒトラースターリンの娘とアナルセックスするというのだから、もう何が何だかわかりません。

極めつけはスターリンが自らの脳に「青い脂」を注入するところ。するとなんと、スターリンの脳がぐんぐん巨大化して世界を覆い尽くし、地球を押しつぶして滅亡させ、太陽の直径の112倍の大きさとなって太陽を吸収、126,407,500年間にわたり膨張した揚句ブラックホールとなって収縮。34,564,007,330年後には脳のサイズにまで戻る。そしてスターリンは一人梨をかじり、巻き煙草を手にするのだ……う〜ん。これはいったい……

並の人間の想像力も理解力も一息で吹き飛ばす、ソローキンの狂気が炸裂した一冊。想像を絶するとはどういうことか、分かりたかったらこの本を読むとよい。ちなみに本書は、理解しようとしてはいけない。どこに連れて行かれようとも、ただひたすらに身を任せるべきなのだ。もちろん問題は「どこに」連れて行かれるかなのだが……まあ、まともな場所じゃないことだけはお約束できる。リプス・老外。

愛 (文学の冒険シリーズ)