自治体職員の読書ノート

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【1502冊目】田端健人『学校を災害が襲うとき』

学校を災害が襲うとき: 教師たちの3.11

学校を災害が襲うとき: 教師たちの3.11

東日本大震災被災した教師10人に対する聞き取り調査をもとに書かれた一冊。学校という現場を地震津波がどのように襲い、教師たちがどのように対応したかという、その一部始終がなまなましく語られている。

こういう本を読むといつも思うのだが、とてつもない事態であればあるほど、それを直接見聞きした人、体験した人の言葉には、われわれの空疎な言葉は到底かなわない。どんな理屈付けをしようと、どんな高名な哲学者の思想をかぶせようと、ナマの言葉には到底太刀打ちできない。それについて言葉を連ねようとすればするほど、それはかえって、事実を語る証言のもつ迫力と複雑さを損なうだけになってしまう。

だから本書を読んで、証言の部分に比べて著者の「解説」部分を邪魔だと思ったり、証言そのものを矮小化しているように感じても、それは決して著者のせいではないのである。そこにマキァヴェリやハイデガーやハンナ・アレントディルタイの思想を持ちこむのが場違いで滑稽に見えても、それはやむを得ないことなのだ。もしそう感じるとすれば、それは「実体験に基づく声」のほうが、どうしても相対的に大きくなってしまうためなのだろう。

ということで、ここではさらに屋上屋を重ねるというか、同じ轍を踏むつもりはないので、教師の方々の証言から印象に残った部分を淡々とピックアップしてみたい。他にもたくさん取り上げたい箇所はあったが、あえて絞り込んだ。体験の持つ力を再認識するとともに、311を改めて思い出すよすがとしたい。

「……「津波だ!」って叫ばれたんです。で、ぱっと町のほうを見たら、空が真っ白だったんです。「なんでこんなに空、白いんだろう……?」と思って、ようく、こう、目を凝らすと、波しぶきがあがって、水平線の向こう側は、全部波になってるので、波しぶきが宙に舞って、空が真っ白になってるんです」(p.49)

(避難したばかりの先で)「「まずは、お湯をわかそう」「そうだべ」〔ということになり〕、そこらへんの木をもってきて、火をたきました。それでお湯を沸かして。寒かったので、お湯だけでも、「あるよー」って、おばあちゃんたちにあげました」(p.64)

(震災当日)「あんなにきれいな、暗い星まで見える星空が、凄く印象的でしたね。寒くて、……神様いないのかなって思うような寒さでした」(p.68)

(両親の遺体を確認した後で)「そのときに、なんですかね、〔中学二年生の姉は〕こう、一生懸命、笑おうとするんですよ。笑おうとして、大丈夫って、笑おうとするんですけど、なんかもう、顔は泣いてるというか、でも笑おうと」(p.104)

「子どもたちが、各避難所でですね、働いてるんですよ、ちゃんと。それがやっぱり一番嬉しかったですね」(p.128)

「男の子とかも、ぜんぜん関係なく、さっきまで、おやつみたいなの、例えば、チョコとかもらったりして、口にしたとたん、ワーッと泣いたりとかして」(p.155)

「心に受けたショックというのはもの凄く大きくて、ちょっとこう、ふとかえったときに、地震の話がぽっと出たり、津波の恐怖体験がぽろっと出たりっていうのが、凄く続いて」(p.161)

「いろんなことを失ってしまったことで、子どもたちの生活というのは、ものすごく変わってしまった。住む場所も、環境も、もっているものも、なにもかも変わってしまった。そのなかで、子どもにとって変わらないものというのは、学校だと私は思うんですね」(p.167)

「大人も子どもも、「間借りしてる感」が強いんですよね。ぼくたちの学校、私たちの学校という感覚が持てないんです」(p.210)

「ここまでやってこれたなって思うのは、やはり生徒たちがいたから、頑張ってこれたと思います。子どもたちが元気になれば、なんか、この子たちが希望だなって」(p.186)