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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1499冊目】片山杜秀『未完のファシズム』

未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命 (新潮選書)

未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命 (新潮選書)

日露戦争から第一次世界大戦、そして太平洋戦争まで。近代日本、特に陸軍がたどった紆余曲折の思想史を読み解く一冊。

第一次世界大戦に着目しているのは、こないだ読んだ『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』とも共通する。もちろん視点は違うが、お二人ともが、今まであまり着目されてこなかった「日本にとっての第一次世界大戦」をひとつのターニングポイントと捉えているというのは、ちょっと面白い。

日露戦争では歩兵の突撃で膨大な犠牲を生んだ日本陸軍が、第一次世界大戦山東半島のドイツ軍を攻撃した時には、砲兵主体、遠距離攻撃主体の攻撃で勝利を収めた。本書はまずここに着目し、その背景にあったものを考える。

著者はここで、日露戦争の戦い方に対する陸軍の反省があったことを明らかにする。肉弾戦主体の戦争の時代はもう終わった、これからは火力中心、兵士の勇猛果敢さより物量がモノを言う戦争の時代になると、当時の陸軍は考えたのだ。

これを推し進めると「科学力と工業生産力、国家としての総合力、最も単純には物量の多寡」(p.98)が戦争の帰趨を決するという、実に当然の結論に至る。だがこの「当然の結論」を当時の陸軍が得ていたということを知ると、次のような疑問が浮かんでこないだろうか。そんな真っ当な分析をしていたはずの日本陸軍が、なぜ太平洋戦争では極端な精神主義に立ち戻ってしまったのだろうか?と。

そう。まさにそこが問題なのだ。第一次世界大戦から太平洋戦争までの間に、いったい彼らに何が起きたのか。本書は、この間に起きた日本陸軍の思想の「複雑骨折」を解剖する一冊である。

そもそも、物量が戦争の決め手になるという結論は、日本にとってたいへん都合が悪かった。なぜなら、当時の日本の生産力は、欧米列強諸国に比べてはるかに低い。いわば「持たざる国」なのだ。先ほどの陸軍の分析は、ストレートに読めば「持たざる国は、持てる国に勝てない」ということになってしまう。

さあ、だったらどうするか。ここで陸軍内部に2つの考え方が生まれた。第一は、荒木貞夫や小畑敏四郎ら「皇道派」と呼ばれた連中によるもので、「日本はここ当分の間は「持たざる国」のままだろう」との認識をベースにするもの。第二は、永田鉄山石原莞爾ら「統制派」の考え方で、日本を「持てる国」にするにはどうすればよいかと本気で考えるもの。ところがこの両者、共にその後の歴史の流れの中でとんでもない方向にねじれていってしまうのである。

まず「皇道派」について。彼らが考えたのは、一言で言えば「短期決戦」であった。奇襲によって短期間に敵を包囲殲滅する。物量の差がモノを言う前に勝負を決してしまう。陸軍の『統帥綱領』や『戦闘綱領』に書かれたのは、まさにこの方法であった。

乱暴といえば乱暴だが、日本が「持たざる国」である以上、確かに戦争をするにはこの方法しかないのかもしれない。その意味でこの作戦はきわめて合理的である。ただし、これは奇襲さえすればどんな相手にでも勝てるということではない。むしろ小畑敏四郎の真意は、これ以外のやり方では日本は戦争できない、こうした戦法を取れることが確実でなければ、日本には戦争に踏み出す資格は無い、ということだった。

ところがそこで起きたのが、かの2・26事件。この事件をきっかけに皇道派は排斥され、小畑も失脚してしまう。だがここでひとつの「ズレ」が起きる。皮肉なことに、小畑らが書いた「綱領」だけは、小畑の意図を裏に秘めたまま生き残ってしまったのだ。

その結果、裏側のニュアンスが忘れ去られ、「必要条件」だったはずの短期決戦・包囲殲滅戦法が独り歩きしてしまう(著者は書かれた内容を「顕教」、裏側にあった考え方を「密教」と呼ぶ)。その結果があの無残な敗戦であった。

では、もう一方の「統制派」の考え方はどうだったか。実はコチラについても、同じように当初の思惑と結果はずれてしまう。統制派の代表格であった石原莞爾らが構想したのは、まず日本が「持てる国」となり、十分な物量を備えた後に列強諸国に決戦を挑むというもの。満州事変満州国の建国は、そのための前提条件の整備だったのだ。

日本がじっくり力をつけ、列強と渡り合えるようになる最終的な戦争の時期を、石原は1970年頃と予想していたらしい。しかしその後、石原ら統制派もまた主流から外され、前提条件は忘れ去られてしまう。その結果、日本は十分な生産力を身に付けるはるか前に、アメリカとの戦争に突入してしまうのである。

本書には他にも、徹底した分権統治システムであったという明治憲法への評価(だからこそ、国家総動員体制を組むには、東条が陸軍大臣と首相を兼ねるしかなかった。日本はそのままではファシズムには成りきれない統治システムを採用していたのだ。ゆえに日本のファシズムは「未完」なのだ)、日本人がどんどん死ぬことで相手を怖じ気づかせ、戦意を沮喪させることで戦争に勝つという中柴末純のすさまじい「必勝哲学」など、日本の迷走を単に迷走を片づけるだけではなく、ひとつひとつの考え方を丁寧に分析し、辿っていくことで、近代日本の一筋縄ではいかない歴史の真実を明らかにしていく。

そこにあるのは、「持たざる国」を守らざるを得なかった一人ひとりの軍人たちの、本当に切実な思いであり、自分のできる範囲で練り上げた救国の策であった。しかし歴史は残酷だ。彼らが絞り出すようにして考えた必死の戦略は、いずれも一面的、表面的な部分だけが一人歩きして暴走し、とんでもない結果を生みだしてしまうのだ。

本書を読んでいて感じたのは、そんな歴史の「せつなさ」のような側面だった。前に読んだ本をまた持ち出すようだが、やっぱり「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」のである。

でもそれなら、いったい日本人は、どこをどうすればよかったのか。その答えは、いまだに見えていないように思われる。東京大空襲から、今日でちょうど68年目。ああ、せつない。

それでも、日本人は「戦争」を選んだ