自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1496冊目】稲沢克祐・鈴木潔ほか著『自治体の予算編成改革』

自治体の予算編成改革―新たな潮流と手法の効果―

自治体の予算編成改革―新たな潮流と手法の効果―

自治体の「予算編成手法」にスポットをあてた1冊。第1章が原則論、第3章が今後の展望となっているが、「メインディッシュ」はその間にはさまれた第2章。さまざまな自治体の先進的な予算編成手法が解説されている。

取り上げられているのは、行政評価を活用した埼玉県秩父市、財源配分方式を導入した北九州市、市民参加の「円卓会議」を設けた大阪府大阪狭山市、議会審査のあり方を工夫した徳島県小松島市、予算要求と査定結果を公表した島根県浜田市。どのようにしてこの5市を選んだのかわからないが、改革自治体の「常連」にあまり上がってこないところばかりなのがかえって新鮮だ。

単に取組みの内容を説明するだけでなく、考え方や試行錯誤も含めた導入プロセスなどを丁寧に紹介しているところが良い。なかには北九州市のように、いったん財源配分方式を取りながら一件査定方式に戻したところもあり、政策形成の生きたプロセスが読み取れる(ただ、なぜ戻したのかというところの正味の理由は、正直よくわからなかった)。

円卓会議のような「大きな」取り組みも目を引くが、個人的に気になった、というかウチでもぜひやってほしいと思ったのは、予算要求と査定結果を予算説明資料に載せた浜田市の取り組みだ。サンプルを見ると、予算要求の概要、要求額、査定額、査定概要が部署ごとにすべて載っており、カットしたものはその理由までしっかり書かれている。

なかにはゼロ査定もあり、その説明はなかなか生々しいものがある。だが、本当にプロセス・レベルで予算編成の「透明化」と「説明責任」をまっとうするなら、確かにここまでやらなければならないのだろう。

通常は、要求した予算をカットされても、その理由を議会や住民から追求されるのは要求をした事業課である。当然、事業課は「本当はやりたかったのに……」との思いを呑み込みながら「外向け」の説明をせざるを得ない。

ところが、浜田市方式であれば、カットした事業について矢面に立つのは財政課だ。これは財政担当にとってはかなりハードな状況だが、所管課にとっても決してラクではない。要求内容の詳細も載っているため担当課への質問もこれまでより詳しいものになったというし、予算化が見送られるまでの庁内での議論も説明できるため、議会ではより実態に即した予算審議が可能になる。

さらに、興味深いことに、これをやることによって予算査定プロセス自体が充実したらしい。「形式的な理由でのゼロ査定を避け、実質的な意味のある査定をすべく、制度設計に知恵を絞るなどして担当課と財政当局のコラボレーションが促されてきている」(p.163)というのだから、これにはちょっと驚いた。

確かに、査定プロセス自体を透明化することで、外部に説明できないような予算カットはできなくなるし、だからといって総額が膨張したらそれはそれでマズイのだから、担当課も財政課もそのギリギリのところで知恵を絞ることになる。つまりはヒアリングがぐっと「濃く」なるのだ。

考えてみれば今までは、担当課は「要求するだけ」、財政課は「査定するだけ」という、悪い言い方をすれば、双方言いっ放しというところがあったかもしれない。しかし本来であれば、財政(予算=カネ)とはある意味で事業そのものなのだから、そのあり方をめぐる実質的な議論は、所管課と財政課が四つに組んで、どんどん行われるべきなのだ。

浜田市の取り組みは、もともとそこまで意図していなかったようだが、そこはそれ「事業は生き物」。良質な事業ほど、思いもかけない(良い意味での)副作用がどんどん出てくることが多い。

事例の話ばかりになってしまったが、予算編成のあり方を論じた総論部分もよくできている。第1章ではなんといっても稲継氏の「予算編成改革の5つの視点」(規律性、戦略性、合理性、参画性、透明性)が重要だ。また、ボトムアップによる「分権的」編成手法とトップダウンの「集権的」編成手法のバランスの取り方にも学ぶべき点が多い。

総論的な内容に戻った第3章では、編成手法のマンネリ化への指摘が重要。これは行政全般に言えることだが、万能の手法など存在しない。手法というのはその意義を踏まえて活用しなければならないのだが、どうしても同じことを何年もやっていると、手法自体から意味が抜け落ち、惰性で続けることになる。行き着く先は形骸化と硬直化だ。

そのため「編成手法そのものを変えることにより、既存の事務事業を別の面から光を当てて見直すことが必要になってくる」(p.170)。先ほどの北九州市の事例も、あるいは財源配分方式自体の問題というより、こうした側面があったのかもしれない。

予算編成改革というとなんだか地味なテーマに思われるが、さっきも書いたように予算とはすなわち事業であり、ということは行政そのものなのだから、実は自治体にとってきわめて根本的な改革なのである。本書はそのことを気づかせてくれる一冊。まあ一事業課に属する人間としては、それよりなにより「査定情報公開」をきっちりやっていただきたいのだが……。