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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1494冊目】大崎裕史『日本ラーメン秘史』

ラーメン好きで著者の名を知らない人はモグリである。年間800杯ラーメンを食べ、これまで食べたラーメンは2万杯以上というから「日本一ラーメンを食べた男」との異名はダテではない。

もう10年くらい前になるが、私自身、ラーメンの食べ歩きにハマっていたことがあり、著者のガイドにはずいぶんお世話になった。当時は一人暮らしだったので、仕事が終わってから遠くまでラーメンを食べに行ったり、土日はラーメン仲間とラーメン・ツアーを挙行して、それこそ1日に4杯とか5杯くらい食べ歩いていた。

今でもラーメン好きは変わらないが、結婚したことと健康診断でけっこうな数字が出たことが重なり、さすがに食べ歩きは自粛している。だが本書を読んで、久しぶりにおいしいラーメンを食べに行きたくなってしまった。

本書はラーメン「秘史」と銘打ってはいるものの、内容は「秘」というほどのものではなく、ここ10年ほどのラーメン業界の変化を中心に、その現状をまとめたものとなっている。したがって、ラーメンマニアなら当然知っているが、それ以外の人にはほとんど知られていないようなことがたくさん書かれている。

どんな分野でもそうだろうが、ラーメン業界もまた、詳しい人と全然知らない人の落差が非常に大きい。本書はラーメンのスープ(「ダシ」と「タレ」の違いって知ってますか?)や麺、具のひとつひとつを詳細に解説し、さらに主だったラーメン店の潮流をわかりやすく紹介することにより、その落差を埋める一冊となっている。

私自身で言えば、10年前でラーメン界の知識がほとんど止まっていたため、その後の爆発的な展開を全然知らなかったのが、本書一冊でかなり追いつくことができたような気がする。まあ、追いついたからどうということもないのだが。

むしろ本書を読んだ収穫は、「マニア」から離れたところでラーメン業界を概観することで、ラーメン店というものの独特な面白さを感じることができたという点だった。

まず、ラーメン屋には「のれん分け」の風習がしっかりと活きている、というのが素晴らしい。チェーン店もあるにはあるが、大行列ができるような著名なラーメン店のほとんどは、個人商店かそれに近い小規模経営だ。大手チェーン店のシェアが圧倒的に大きい牛丼やハンバーガー等とはかなり様子が違うのだ。だいたい、有名店で修行してノウハウ(とタレ)を受け継ぎ、のれん分けで独立するというのは、考えてみれば日本の芸能文化の承継の仕組みそのものだ。それがラーメン業界には、自然な形で今も残っているのである。

しかしその分、経営も楽ではない。本書によれば10年後まで残っている店は10%、20年後は3%だという。この割合が多いのかどうか分からないが、私自身の経験則からいっても、旨い店にはどんな辺鄙な場所でも行列ができるが、ひとたび味が落ちると、潮が引くように客がいなくなることが多い。

なまじフランス料理や高級懐石のようなブランド効果がないため、客の目(と舌)がおそろしくシビアなのもこの業界の特徴だろう。それでもやはり、個人経営の小さな店でも味とサービスがしっかりしていればちゃんと人が集まってくるというのは、これはいまどき珍しいくらいのフェアな世界なのだ。

そしてもうひとつ、これほど「ご当地」メニューが豊富なジャンルも珍しい。味噌ラーメンといえば札幌、とんこつラーメンといえば博多など、地域の多様性がしっかりと活きている。他にも喜多方ラーメン等の有名どころから、富山のブラックラーメンや水戸のスタミナラーメン、山口の牛骨ラーメンに高知の鍋焼きラーメンなど、とにかくラーメンといえば地方B級グルメのオンパレードなのだ。あまりその地域の伝統料理と関係なく、個性豊かな味が並んでいるのも面白い。

つまりどういうことかというと、ラーメン業界の今のやり方こそ、大規模チェーン店ばかりが並ぶ地方の「ファスト風土」化への対抗原理となりうる、ということなのだ。特にここ10年ほどのラーメン業界の発展には、商店街を含む日本中の個人商店や小規模商店の活性化や、地域活性化のノウハウが詰まっている。これはたしかに、一部のラーメンマニアだけの知識にしておいては、もったいない。各地で産業活性化や地域活性化に取り組む方々は、ラーメン店巡りから始めてみてはいかがだろうか。