自治体職員の読書ノート

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【1490冊目】砂原庸介『大阪』

大阪―大都市は国家を超えるか (中公新書)

大阪―大都市は国家を超えるか (中公新書)

良質の都市行政論。大阪が主役だが、書かれていることの多くは他の都市にも通じるものがある。

メインは橋下市長の「大阪都構想」を中心とした構想やその行政手法。しかし、本書はそのルーツや背景を明治以来の地方自治史に求め、特に都市行政のありようを時系列に沿って追うことで、なぜ今「橋下市長・大阪維新の会」があれだけの支持を集めているのかを明らかにする。

橋下市長をめぐっては賛否両論おびただしいが、ともすればヒステリックな論調も多い中で、本書での主張は非常に冷静でバランスがとれている。中でも「大阪都構想」という、彼の主張の中核でありながら実は非常に分かりにくい政策について論じつつ、そこに内在するジレンマを浮き彫りにしてみせたのがスバラシイ。

そもそも、私は大阪都構想は橋下氏の発案だと思っていたのだが、実は戦後間もない時期から言われ続けていたと知ってびっくりした。なんでも、1948年に大阪市議会が出した「大阪市を特別市に指定する法律案提出案に関する意見書」に対し、大阪府が逆提案したのが東京都制を参考にした大阪都制案だったという(p.30)。

その内容は「大阪府庁大阪市役所の二重行政を解消し、区議会を設立して地域の意見をよりきめ細かく反映させることを主張する」ものであったというから、二重行政の問題は実に「古くて新しい」問題だったことがわかる。その後もこの手の構想は繰り返し登場し、近くは2000年に当時の太田府知事が「大阪(新)都構想」を打ち出している。

しかし、なぜそもそもこうした「都構想」が何度も出てくるのか。その背景には、日本における都市特有の問題があった。そもそも戦後長期間にわたって続いた「自民党システム」は、基本的に都市の税収を農村に分配することで成り立ってきたといってよい。キツイ言い方をするなら、税の分配という側面で見れば、都市はひたすら「搾取」され続けてきたのである。

しかも東京一極集中で、大阪や名古屋のような大都市からも人や企業が流出。大都市特有の行政ニーズが存在するにも関わらず、(東京以外の)都市は、財源は地方に取られ、産業は東京に移ってしまい、工場は空洞化で海外移転するという踏んだり蹴ったりの状態が続いた。たぶん橋下徹が人気を集めた一因には、強力なリーダーシップで「強い」大阪を取り戻したいという心理が働いていたのではなかろうか。

さて、そこで橋下氏の大阪都構想である。著者によれば、この構想は民間手法による効率化や都市インフラの整備によって大都市の発展・成長を導くという「都市官僚制の論理」に基づいている。いわば強力な政治的リーダーシップによって半ば人為的「強い都市」をつくるという発想だ。

しかし一方で、橋下氏の手法が大きな支持を集めている一因として見逃せないのが「納税者の論理」。これは行政のスリム化、ムダの排除や人件費の削減を求めるもので、市場主義的・新自由主義的発想に立つ考え方だ。大幅な公務員人件費カットや補助金カットなど、橋下氏の政策でよくマスコミなどに取り上げられ、高く支持されているものには、この手のヤツが多い。

さて、そうなると問題は、この「都市官僚制の論理」と「納税者の論理」を同時に成り立たせることができるのかどうか、である。この点、著者は、この2つを両立させることは、全体のパイが増え続けていた高度成長期ならともかく、現代においてはなかなか難しいと主張する。

思想的な方向性としても「都市官僚制の論理」は革新・リベラル的、「納税者の論理」は保守系に近い。橋下氏が本気で大阪都構想を実現させようとしているのなら、この両方の手法をどうバランスさせていくか、非常に厄介なかじ取りを迫られることになるのである。

言い換えれば、この両者をある程度両立させたカタチで「大阪都」が実現できれば、それは大阪のみならず、多くの都市が壁を乗り越えるヒントになるだろう。

「政治家」橋下徹に、はたしてそこまでの力量があるだろうか。分かりやすいパフォーマンスだけではどうにもならない、まさに政治家としての正念場だろう。さて、どうなることやら……。