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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1487冊目】ユリウス・カエサル『ガリア戦記』

歴史・文化・民俗

ガリア戦記 (講談社学術文庫)

ガリア戦記 (講談社学術文庫)

紀元前58年から50年までの9年間に及んだ、ローマのガリア制圧を、司令官ユリウス・カエサル自身が記録した一冊。文中で自身を「カエサル」と書き、ほとんど感情を込めず事実だけを淡々と綴っているため、なんだか後世の歴史家が書いたような気がしてしょうがなかった。

元々他人に見せるつもりはなかったらしく、自分で自分の業績を書いているとは思えないほど、遠慮や謙虚さもなければ、感情的でオーバーな表現もない。むしろ冷徹なまでに「記録」に徹しているという印象だ。具体的なデータがふんだんに盛り込まれているのも特徴的。

こう書くと、なんだか無味乾燥な記録なのかと思われそうだが、ところがこれが、あまりに面白くて一度読むと止められなくなるほどなのだ。こう言っては不謹慎かもしれないが、やっぱり戦争というのは読んでいて面白い。力と力、知恵と知恵のぶつかり合い。英雄的行為と卑劣な裏切り。一瞬の判断ミスで窮地に陥り、瞬間のひらめきで勝利を得る、その刹那の醍醐味は、他では味わえない。

中でも白眉は、ガリアの英雄ウェルキンゲトリクスとの決戦を綴った第7章。「焦土作戦」でじりじりとローマ軍を窮地に追い込むウェルキンゲトリクス。意気消沈するローマ兵たちに「過去のすべての戦争の成果が、まさにこの日に、この時にかかっているのだ」(p.310)と激励し、ぎりぎりの戦況の中で策を尽くし、ついには形勢をひっくり返すカエサル

そしてなんといっても、負けたウェルキンンゲトリクスがガリア人たちの前で語ったセリフにシビれた。自らの部下の前で、彼はこう言ったのだ。「運命とあればこれに従わねばならぬ。予のことは、お前らに一任する。予を殺してローマ人に償いをするなり、生きたまま引き渡すなり、どちらでも好きなようにするがよい」(p.312)う〜ん、なんたるいさぎよさ、何というカッコよさ。

そうそう、ウェルキンゲトリクスといえば、佐藤賢一が小説『カエサルを撃て』で主人公にしていたのを思い出す(この本も面白かった)。カエサルウェルキンゲトリクス、いずれ劣らぬ存在だが、個人的には、負けはしたものの、ウェルキンゲトリクスのほうに魅力を感じる。たぶん佐藤賢一も同じだったんじゃないかな。

だいたい、考えてみればローマ軍の「ガリア遠征」って、どう見てもタダの侵略戦争なのだ。そもそもこの戦争のとっかかりは、ローマの同盟部族ハエドゥイ族が助けを求めたのに応じて、カエサルが軍を向けたことにあるのだが、これって十字軍から西欧列強の植民地政策、さらにはアメリカの領土拡大戦略に至る欧米「列強」の十八番ではないか。

「同盟国を助ける」「同胞を助ける」という口実で武力を差し向けてどんどん相手の領土を侵食し、それに相手が歯向かうと「反乱だ」と言って弾圧する。ウェルキンゲトリクスだって、掲げたのは「ガリアの解放」だった。別に彼がローマを侵略したわけじゃないのである。

というわけで「カエサルの戦争」にはなんだか割り切れないものを感じるのだが、それはともかく、本書でユニークなのは、ガリアや周辺諸地域の社会や習俗、人々のメンタリティ等について、カエサルが実に細かく観察していること。例えばブリタンニアブリタニア)については、こんな感じ。

ブリタンニアの人口は莫大で、数えきれない。家屋敷は密集して建てられ、ガリアでの光景を彷彿とさせる。家畜の数はおびただしい。彼らは銅貨か金貨を使用し、あるいはこうした硬貨の代わりに、一定の重量に合わせて測った鉄の棒を使用する。ブリタンニアでは、内陸地方に錫が、海岸地方に鉄が産出される。鉄の量はごくわずかである。彼らの使う銅は輸入されたものである。ぶなと樅を除くと、ガリアにあるような木は、みんな見られる。兎と鶏と鵞鳥を食べるのは、よくないと考えられている。これらの家禽を飼っているのは、気ばらしや娯楽のためである。気候はガリアより温和で、寒さもそれほど厳しくない……」(p.163〜164)

まだまだ延々と続くのだが、この手の描写がとにかくやたらに出てくるのだ。ここまでの観察眼となると、戦争指導者というよりほとんどフィールドワーカーだ。本書が一級の古代研究資料といわれるのもうなずける。

そして気になるのは、こうした情報を、カエサルがどの時点で入手していたのか、ということ。制圧後に見聞きしたことが中心になっているとも考えられるが、私はむしろ、兵を進める前に徹底した情報収集をしたものと考えたい。ありとあらゆる情報を集め、分析して必要な要素を抽出し、戦いやその後の支配プロセスに活かしていく。カエサルなら、そのくらいのことは当然のようにやっていただろう。

まあ、とにかく戦記ものが好きな方は必読の一冊。古典だからといって毛嫌いしてはもったいない。なお翻訳も、無駄のないキビキビとした名訳で読みやすい。続きにあたる『内乱記』も読んでみたい。

カエサルを撃て (中公文庫) 内乱記 (講談社学術文庫)