読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1472冊目】前川恒雄『移動図書館ひまわり号』

移動図書館ひまわり号

移動図書館ひまわり号

日野市でのたった1台の移動図書館から始まり、日本中の公共図書館に影響を与えた「図書館革命」に至った日々の記録。図書館のみならず、行政とはなにか、公共とはなにか、ということを根底から考えさせられる一冊である。

著者らが移動図書館に取り組んだのは、昭和30〜40年頃。当時の公共図書館の現状は、現在からみると信じられないようなものだったらしい。図書の購入予算が乏しい上、揃っている図書は利用者のニーズとまったく噛み合わず、いわば図書館側の「上からの押し付け」で本が選ばれていた。入館の際は入館証を書かされ、カード目録はわかりにくく、誰が何の本を借りたかが筒抜けの館さえあったという。閲覧席は受験生の勉強用に占領され、レファレンス機能など無いに等しい状態だった。

日野市の移動図書館は、こうした図書館の「常識」をことごとく覆すものだった。市長の後押しもあって図書購入費の大幅増を勝ち取って大量の書籍を用意し(移動図書館なので、浮いたハード整備費を書籍代に回せるのも大きい)、貸出手続を簡略化し、本にはビニールカバーを付けた(これも日野市が初めてだとか)。

今からすれば当たり前だが、当時は「先進的」だったのが、貸出しや返却の時には「どうぞ」「ありがとう」「御苦労さま」など何かひとこと言うようにし、黙ってやり取りをしないように注意したという。

まあ、「御苦労さま」は接遇としてはNGだが、それはともかくこのことを最初に注意したのはさすがである。ウチの近所の区立図書館の職員には、いまだにこれができていない人もいる。見習いなさい。

特筆すべきはリクエスト・サービスを行い、求められた本の取り寄せをどんどんやったことだ。このリクエスト・サービスは、結果として著者たちの姿勢そのものを大きく変えたという。

「私たちは本や情報についてのプロであり、その知識を普通の人より多く持っていることは間違いないが、リクエストされる本には教えられることが多い。そして、むつかしい学問をしている人や、仕事のために真剣に本を求めている人がいることにも気がつく。私たちの頭はだんだん下がり、人々に対して謙虚になっていった」(p.75)

こうなると当然、普段の本揃えも変わってくる。上から目線の押し付けがましい選書から、利用者をリスペクトした、利用者目線の蔵書になってくる。そうすると貸出しが増え、リクエストも増えてくる。リクエストの中身も置かれている本に触発されてどんどん変わっていく。図書館と利用者の理想的な好循環である。

著者がこのリクエスト・サービスで気づいたこととは、松下圭一氏が『社会教育の終焉』で指摘されたこととも重なってくる。松下氏は同書で、現代の都市型社会においては、行政が「上から」社会教育を行うのではない、今や高度な専門性を身につけた市民がみずから学習し、活動する時代なのだ、と喝破した。日野市における移動図書館の試みは、まさにこの松下理論を実地で検証したものといえるだろう。

結局、この移動図書館の実践がもとになって、ハードとしての「図書館」ができていくのだが、ふつう「中央」から「周辺」へ、ハード(施設)からソフト(事業)へ、と進むことが多い自治体行政にあって、本書の取り組みは真逆を行っているのがおもしろい。

ここでは、町中をめぐる移動図書館という「周辺」から中央図書館という「中心」へ、貸し出しやリクエスト・サービスといった「ソフト」から図書館の建物という「ハード」へとモノゴトが進んでいるのだ。後に中央図書館の設計を担当した鬼頭梓氏も、日野市立図書館のあゆみを知って驚き、同じような感想を書かれているという(p.188〜189)。

とはいえ、そこには常に理想と現実をめぐる葛藤があった。著者はそんな葛藤のなか、単に理念だけを言い募るのではなく、かといって「現場の事情」に妥協し、現状維持に甘んずるのではなく、常に理念と実践を車の両輪として回そうと奮闘している。著者の姿勢でもっとも素晴らしいのは、実はここのところではないかと思う。

だからこそ、本書で展開されている図書館論には説得力がある。図書館「無料貸本屋」論とか、図書館の存在が書店の経営を圧迫するとか、図書館に関してはいろんな批判があるものだが、本書ではそうした批判に対してもしっかり答えている。

ちなみに図書館の「民業圧迫論」については、むしろ図書館を通じて本に親しみ、手元に置いておきたい本が増え、結果として本代が増えたという利用者の声、図書館ができて売上げが伸びた、いい本が売れるようになったという書店主の声が紹介されており(p.208〜209)、そんなに単純な問題ではないことが分かる。もちろん図書館が「利用者の声」に押されて同じベストセラー小説を何冊も揃えるのが妥当かどうかはまた別問題だが……。

本書には自治体職員としても、また図書館ヘビーユーザーの一人としても、いろいろ目からウロコが落ちた。やや古い本であり、いろんなエピソードには時代を感じるが、それだけに図書館の今日を知るには欠かせない。図書館職員はもとより、図書館愛好家にもオススメしたい一冊だ。

社会教育の終焉