自治体職員の読書ノート

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【1463冊目】倉橋由美子『大人のための残酷童話』

大人のための残酷童話 (新潮文庫)

大人のための残酷童話 (新潮文庫)

残酷童話といっても、いたずらな残酷趣味ではない。むしろ童話の本質をつきつめていくと、結果的にある種の残酷さに行き着いてしまう、というべきか。本書はそのことを自覚的に突き詰め、童話のリアリズムを追求した一冊だ。

童話にリアリズム? と思われる方は、まず「あとがき」を読まれるとよい。チェスタトンの言葉を引きながら、著者はこう書いている。

「お伽噺の世界にはきちんとした法律があり、論理があります。この法律と論理の体系が魔法ですが、魔法は整然と論理的に超現実的な世界をつくりだします。だからお伽噺の超現実の世界は合理主義に満ちているのです。その文章は明確で曇りがなく、余計な心理描写も自然描写もなく、世界は整然と進行していきます。同情も感傷もこの帰結を左右することはできません。その意味でお伽噺の世界は残酷なものです。因果応報、勧善懲悪、あるいは自業自得の原理が支配しています。子供がお伽噺に惹かれるのも、この白日の光を浴びて進行していく残酷な世界の輪郭があくまでも明確で、精神に焼き鏝を当てるような効果を発揮するからです」(p.229)

まったくもって見事な童話論である。ひるがえって世にあふれる小説や児童文学を見ると、「同情」と「感傷」によって結末が左右されてしまっている作品がいかに多いことか。でも、それって実は「リアルじゃない」のだ。童話は舞台こそ「超現実」の世界だが、そこを支配している原理は、徹頭徹尾リアリズムそのものなのである。

そんな意図のもと、さまざまなお話を翻案したのがこの童話集だ。白雪姫に人魚姫、かちかち山に浦島太郎、さらには中島敦からフランツ・カフカまで、ネタ元は古今東西、多種多彩。中には複数のお話を組み合わせたものまである。誰もが知っている「もとのお話」ばかりなだけに、その翻案の妙をたのしめる。

たとえば人魚姫をもとにした「人魚の涙」では、なんと人魚が「上半身魚で下半身が人間」なのである。「白雪姫」では王子様がお妃さまと結婚してしまうし、「かぐや姫」では宇宙生物としての正体をあらわした姫が切り刻まれてしまう。

もとの物語が自由自在に裏返され、つなぎあわされていくさまは、凄腕の料理人による料理を見ているよう。しかもラストは童話の「ルール」どおりの合理的で因果応報的な残酷さに満ちており、そこに皮肉のスパイスがピリリと効いている。

ひとつひとつのお話は短いもので3ページ程度。極限まで無駄をそぎ落としたシンプルな文章もまた、いかにも「童話的」だ。柄澤齊の口絵もすばらしい。ただかなりヒワイなものも含まれているので、決して子供向けの「読み聞かせ」には使われないよう。むしろ子供たちが寝静まった後、ベッドの中でこっそり読むのがオススメだ。