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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1440冊目】佐藤勝彦『インフレーション宇宙論』

著者がアラン・グースとともに提唱した「インフレーション宇宙論」の解説を中心に、現代宇宙論の最前線を紹介する一冊。

この人は、宇宙論ではまちがいなく世界でもトップレベルの科学者だ。それがこれほどわかりやすい入門書を一般向けに書いてくれるというのが、まずすばらしい。本書だけではない。『宇宙論入門』『眠れなくなる宇宙のはなし』などの宇宙論をはじめ、相対性理論についてもいくつもの入門書を書いている。

全部に目を通したわけではないが、何冊かを覗いた限りでは、ビギナーにも非常にとっつきやすく、しかもまだわかっていない部分も含めて宇宙論の奥深いところまで一気に連れて行ってくれるものばかり。本書でも、マルチバースや膜宇宙論といった仮説までが言及されており、理解が追いつかないところはあるものの、宇宙というものが人間にとって途方もなくエキサイティングで面白いものだということは伝わってくる。

そうなのだ。本書を読んでいても感じるのは、宇宙を知ることのワクワク感であり、私たちの住むこの世界がもつ意外な姿への驚きなのだ。何より著者自身が誰よりも強くそうしたワクワク感を抱き続け、それを一人でも多くの人に伝えようとしているのが、読んでいて伝わってくる。だから細かい部分で多少(というか、かなりたくさん)わからない部分が出てきても、それを気にせず純粋に世界の不思議に驚くことができるのだ。

さて、本書の中心であるインフレーション理論によって著者たちがやろうとしたのは、一言でいえば、神を介在させずに宇宙を理解するという、文字通り「神をも恐れぬ」試みであった。著者の言葉でいえば「物理学の言葉で宇宙創生を記述」(p.5)しようとしたのが、この理論であるわけなのだ。

宇宙の始まりを明らかにしようとした有名な理論といえば「ビッグバン理論」であるが、これは宇宙のはじまりを特異点という非物理学的な点としており、いわばそこに「神の領域」があった。著者やグースは、まさにその部分を物理法則で記述しようとしたのである。

著者らはビッグバンの前に真空の空間を想定し、それが相転移を起こすことで、真空のもつエネルギーが指数関数的に膨張したという仮説を立てた。相転移とは、水が氷になるように、その状態が質的変化を起こすことをいう。質的変化はエネルギーの変化を伴う。そこで「あふれた」エネルギーが熱エネルギーとなって空間を急激に押し広げることで、宇宙が火の玉状態になる。これがビッグバンである、というのが、その内容だ。

だがここで気になるのは、この理論は真空の空間という「有」から宇宙創生を説いているのであって、ではその「有」はどこから生まれたのか、ということだ。言い換えれば「無」から「有」への変化はどこで起きたのか、それとも「無」なんて存在しなかったのか、ということが問題になってくる。

ここは本書の中でも非常にわかりにくかったところだったのだが、この点を説明する理論が、大きく2つ存在する、というところまではわかった。ひとつはビレンケンという学者の理論で、彼は「無からの宇宙創生」を、量子重力理論という考え方を使って説明した。もうひとつはホーキングとジェームス・ハートルによる「果てのない宇宙」という、これまた奇妙なモデル。これもある意味では「無からの宇宙創生」の理論であって、宇宙の始まりに特異点ではなく「つるんとした果てのないもの」を想定する。

このあたりになってくると「虚数時間」などという異様な概念まで登場し、正直なところ私などは到底理解できない領域になってくる。というか、このあたりになると人間の想像力というものはまったく機能しない。ただただ理論と計算の積み重ねをするしかないのである。果ては10次元とか11次元とか有名な「超ひも」なんてものも登場し、ここまで想像を絶してくると、かえって楽しくなってくる。

ところで、ここまでややこしい理論が出てきているのに、現代の宇宙論というのは、今ようやく「はじまりの終わり」を迎えたところに立っていると著者は言う。う〜ん。この時点ですでにこんなにワケわからないのに、これ以上研究が進んだらどうなってしまうんだろうか。

どんな科学の分野もそうだと思うが、宇宙論もひとつの発見が多くの「未知」につながり、ひとつの理解が多くの「謎」を掘り起こすというところがある。ひるがえってわれわれ素人もまた、宇宙論の本を読むときには、今わかっていることを理解する以上に、今わかっていない謎を楽しむことが必要なのだろう。

つまるところ、科学の世界でもっとも大切なのは、やはりセンス・オブ・ワンダーなのだ。本書のようなよくできた入門書を読むと、あらためてそのことを教えられる。

宇宙への入口に、本書はいかが。

宇宙論入門―誕生から未来へ (岩波新書) 眠れなくなる宇宙のはなし センス・オブ・ワンダー