自治体職員の読書ノート

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【1438冊目】山田宗樹『百年法』

百年法 上

百年法 上

舞台は敗戦により共和国となった「もうひとつの日本」。なんとそこでは、アメリカで開発された不老技術「HAVI」が導入され、人々は文字通り、永遠の命を手に入れていた……。

仰天のSF大作。まずは設定がおもしろい。老化しなくなった日本人はいつまでたっても、「処置」を受けた時のまま、若者の姿を保つ。だが言うまでもなく、HAVIを受けた人全員が永遠に生き続けたのでは、日本はパンクする。

そこで導入されるのが、100年後の死を義務付ける生存制限法、通称「百年法」なのだ。HAVIを受けて百年経った人は一切の生存権を剥奪されるという、恐るべき法律だ。

ここまでの設定でも、とんでもない難題にこの小説が取り組んでいるのがわかるだろう。まずは生と死の関係が問われてくる。永遠の命を手に入れたとき、自分の人生はどうなってしまうのか。死なない生とは、いったいどういうものなのか。

さらに、人為的な「寿命」を人が決めることの是非もまた、問われてくる。それはまた、自分の寿命が可視化されているということでもある。たしかに、人はいずれ死ぬ。しかし、それが具体的に「いつ」と分かっている状態に、果して人は耐えられるのだろうか。

本書はこうした、いわば人間存在の根本にかかわるテーマを存分に扱いつつも、決して難解な哲学的小説ではない。むしろ一級のエンターテインメントとして楽しめる、極上の「徹夜小説」なのだ。

その分厚さに最初はちょっとビビるが、読み始めればあっという間。HAVIと百年法という特大の「ネタ」を中心に、独裁制や「拒否者」と呼ばれる逃亡者たちを絡め、国政のトップから底辺の労働者の世界までを自在に行き来するストーリーテリングは、圧巻の一言だ。

特に本書で設定された、日本共和国における独裁システムの周到さには舌を巻く。百年法の施行と共に、日本共和国は牛島大統領による事実上の独裁状態になるのだが、その方法は、百年法の適用対象外を決める「特例措置」の決定権を大統領のみに付与するというものなのだ。これによって、国会の議員たちは百年法の適用をまぬがれ永遠の命を手に入れる代わりに、大統領への絶対服従を事実上強いられるワケなのだ。

もちろんこうした「措置」が、一般国民に受け入れられるはずがない。そこで敷かれるのが、お決まりの恐怖政治だ。だがそうした強権政治で秩序を保つにも限界がある。拒否者が増え続けるなかで、百年法は次第に、ずるずると崩れていく。

このあたりの呼吸は、独裁の力と怖さを知り尽くしているような……と思ったら、巻末に参考文献として塩野七生ローマ人の物語』とマキアヴェリ君主論』が出ていて納得。たしかにこの日本共和国、「独裁官」制度を始め、どこか古代ローマを思わせる雰囲気がある。

このまま百年法は崩壊するのか、としたらHAVIはどうなるの……と思いつつ読み進め、最後に心底びっくりしたのが第四部第四章「真の危機」。う〜ん、そう来ますか。

ネタバレになるので詳しくは書けないが、これはなんとも皮肉で痛烈な結末だ。しかし、その中で日本国民が下す「結論」には、正直ちょっと泣きそうになった。ここでは「生と死」と合わせて「公と私」の問題が、きわめて切実な形で問われている。

そして、読み終えて思ったのだが、この問題、あるいはこの小説全体が、なぜ私にとってこんなに切実に感じられたのだろうか、ということだった。いや、私だけでなく本書を絶賛している書評家やamazonレビューはたいへん多いのだが、それはなぜなのか。

おそらくそれは、私たちが東日本大震災を経験したからではないかと思うのだ。この、ある種ベタな結末に私が手もなく感動させられてしまったのも、本書のメッセージが、東日本大震災によって刻み込まれた「何か」と共振したからなのではないか。

生と死というもの、鎮魂ということ、国家(公)と個人(私)ということ、科学技術とその道徳的・倫理的限界ということ……。いずれも、どこか両者はリンクしている。本書には震災のことはもちろん一言も触れられていないのだが、私にはどうしても、そう思えてならないのだ。

ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫) 新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)