読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1431冊目】飯沢耕太郎編『きのこ文学名作選』

謎・恐怖・幻想

きのこ文学名作選

きのこ文学名作選

う〜ん。なんてヘンな本なんだ。あまりにツッコミどころが多すぎて、かえってどこから入っていけばいいのかよくわからない。

だいたい「きのこ文学」って何なのか。その定義について、編者はこう書いている。

「「きのこ文学」とは何か? 字義的にいえば、きのこが登場する小説、詩、エッセイなどのことだ。むろんその数は膨大なものだが、読者の想像力を大きく拡張し、現実世界とはまったく様相が異なる「アナザーワールド」へと導く、真の意味での「きのこ文学」はそれほど多くない」う〜ん、アナザーワールド

この前説はなかなか笑えるので、引き続き引用したい。「本書は数ある「きのこ小説」「きのこ詩」のなかから、きのこという奇なる存在への愛、驚き、畏怖、歓びに貫かれた極めつけの名作のみを厳選したアンソロジーである。一読、たちまち魂は地上を離れ、きのこたちの菌糸の震え、胞子の舞い、囁き交わす声と同調して、永劫の時空をさまよい続けるだろう」な、なんだかすごいことになってきた。

でも「きのこ文学」なんてそんなにあるの? と思ってしまうところだが、ところがどっこい、本書を彩る作家の充実ぶりときたらタダゴトではない。登場順に挙げれば、萩原朔太郎夢野久作加賀乙彦村田喜代子八木重吉泉鏡花北杜夫中井英夫正岡子規高樹のぶ子宮澤賢治南木佳士、長谷川龍生、いしいしんじという、近代から現代にかけての一級の名手揃い、ふつうのアンソロジーでここまで豪華なメンバーが揃うほうが珍しい顔ぶれなのだ。ちなみに「今昔物語」や狂言も入っている。

しかも彼らは、編者によれば「いずれ劣らぬ「きのこ愛」の持ち主」(本書解説より)なのだという。彼らは「菌糸の森の奥へ踏み込み、幻のきのこの声を聞き、見えない姿を描き出すことができる者たち」らしいのだ。ここまでくるともう、どこまで本気でどこからお遊びなのかわからなくなってくる。

そうそう、お遊びといえば、本書はブックデザインがものすごい。祖父江慎と吉岡秀典が担当したらしいのだが、なんと短篇ごとに紙の色や材質を変え、文字のフォントも大きさも変えるという凝りようなのだ。

そのため小口から見ると、白もあればピンクもあれば灰色も黒もあり、開いてみればざらついた厚手の紙からつるつるした光沢のある紙、和紙のような薄手の紙もある。

文字もまた、萩原朔太郎はでかいフォントが1ページ4行くらいの割で並び、泉鏡花は桃色の和紙様の紙に楷書体、正岡子規は斜めに文字が並ぶと思えば、北杜夫に至ってはページの下から文章が始まり、横を回って逆向きに上へと続く(だから読者は本をひっくり返して文字を追うことになる)といった具合なのだ。狂言「くさびら」は台本仕立てになっていて、思わず声を出して朗吟したくなってくる。

一番びっくりしたのは長谷川龍生で、銀色の紙に白だか灰色の文字。なんと本をかたむけないと全体が反射してしまってなにも読めないという、オキテ破りのとんでもない造本なのだ(最初見たときはただの白紙かと思ったぞ)。

もちろんイラスト(当然ながらきのこの画が多い)もたっぷりで、内容の妖しさ(きのこという「テーマ」がこんなにエロチックでしかも「毒を含んだ」あやしいものだとは知らなかった)と絶妙に呼応して、独特無類の「きのこワールド」に読者を連れていってしまうのだ。きのこだけに、秋の夜長に読むにふさわしい「珍品」である。ただし「毒」も相応に含まれている。ご注意を。