自治体職員の読書ノート

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【1429冊目】野村総一郎『うつ病の真実』

うつ病の真実

うつ病の真実

自分はうつ病なんじゃないかと、ついこないだまで、けっこうマジで悩んでいた。

夜眠れない。漠然とした不安の雲のようなものが頭の中全体にかかっていて、何を見ても灰色に見える。食欲がない。意欲が湧かない。仕事に行く足が重い。自殺したいとこそ思わなかったが、このまま失踪したらどうなるだろうと、かなり本気で考えていた。

だからといって精神科に行く度胸もなく、せめて何かヒントが掴めるかと思って、読み始めたのがこの本だ。ところが読み始めてすぐに「昨今、あまりにも簡単にうつ病の診断がなされすぎていないだろうか」というフレーズにぶつかり、ドキッとした。しかもその後には、こう続く。うつ病の中心たるユウウツは、複雑にして微妙、最も人間的なこころ模様であることが忘れられていまいか。それなら、もっと本格的に、根本からうつ病を考えてみようではないか」(p.14)

なんだか叱咤されると同時に、妙なカタチで励まされた気がした。なにしろ私の抱えているユウウツは「複雑にして微妙、最も人間的なこころ模様」だというのである。ずいぶん立派な状態ではないか。それをうつ病なんていう「病名」に括り込んでしまってはもったいない。なんだか、著者にそう言われているような気がした。

そこで読み進めてみたらぶったまげた。なんと著者は「進化生物学」からうつ病の意味を読み解こうとしているのである。しかもその後にはギリシャ神話、旧約聖書から、なんとジュリアン・ジェインズの奇書『神々の沈黙』にまで言及し、人間の意識発生にまでさかのぼって「ユウウツ」と「うつ病」の根源を探しているのだ。鬱病について論じた本は数あれど、ここまで古今東西にわたって深く掘り返したのは本書が随一ではなかろうか。

中でも面白かったのは、生物学的意味から「うつ」を捉え直そうとした第2章と、その行き過ぎを「うつ病」と考える第3章だ。ユウウツな状態なんて、生存競争上の観点からみれば何の役にも立たなさそうに見えるが、どっこい著者は、ユウウツであることによって人は「新たな生き方を導き」「争いを避け」「周囲の援助を引き起こす」ことができるのではないか、と指摘する。ここでは特に「周囲の援助を引き起こす」という観点が興味深い。

ところがこうした「有利な資質」も、現代という環境では時として裏目に出てしまう。特に社会構造が複雑化し、言語が発達したことにより、これまで適応的だったうつ状態が一転して非適応になってしまう。ここにうつ病の発生起源があるのではないか、というのである。あくまで仮説の集合体に過ぎないが、人間の生物学レベルでの本来的なあり方の一環として「ウツ」が存在するという考え方は、なかなかに勇気づけられるものがある。

さて、著者はそこから時系列で人類の「ユウウツ史」「うつ病史」を追っていくのだが、ルネサンスから近代社会の到来、そしてクレペリンキールホルツらによる現代的うつ病概念の形成を経て、大きな転換点となったのがアメリカ式の「操作的診断」の登場であった。

それまでのうつ病(のみならず精神医学全体)の研究方法は、「そもそもうつ病とは何か」を原因に立ち戻ってしっかりと考え、そうした理論的基礎の上にさまざまな診断や治療を積み重ねていくというものだった。ところが新たに生まれた「操作的診断」は、なんと「うつ病とはこれこれ、こういうこと」とまずは仮説的な定義を置いたうえで、その定義が実態と合うかどうかを検証するという、これまでとはまったく違う発想に基づいていた。

著者はこの発想を「プラグマティズム」の影響のもとに生み出されたものと指摘する。たしかに、特に仮説的な定義を先に置くというやり方は、こないだ読んだチャールズ・パースの「アブダクション」の方法論そのものである。

この発想はDSM−III(診断と統計マニュアル第三版)に組み込まれ、事実上世界の精神医学における診断法のスタンダードとなった(今はDSM−IV)。実は、冒頭で著者が指摘する「なんでもかんでもうつ病」という状況が生れた一因は、どうやらこのDSM−IIIにあるらしいのだ。

他にも本書は、うつ病の治療法の歴史や投薬の歴史にも触れており、これもたいへん面白い。例えば18世紀後半には「怖い思いをさせることでうつ病を治す」という恐怖療法が行われ、患者はヘビがうようよいる穴に落とされたり、橋の途中の落とし穴から池に落とされたりした。高速で回転する椅子に縛り付けて口・鼻・耳から出血するまで回転させる「回転椅子療法」なんてのもあったらしい。

そうかと思えば「自分はもう死んでいるから食事はしないと言う患者に対し、死体役を演じた友人が棺桶から出てきて食事をするところを見せる」「罪を犯したと自殺を願う患者の前に天使の扮装をして登場し『神はお前の罪を許す』と宣言する」なんていう「モラル療法」もあった。ちなみにコチラは「一時的に効果があるようにみえても、すぐに患者はだまされたと知り、効果は長続きしない」とされたそうである。そりゃそうだ。

さらに本書はうつ病の最新仮説にさえ触れており、まさに起源から最先端までをカバーした得難い一冊となっている。ちなみにそこで興味を惹かれたのは、ストレスに立ち向かう仕組みである「アロスタシス」の制御異常からうつ病が起こるとする考え方だ。

これによると、アロスタシスはストレス対抗のため身体を「臨戦態勢」にするが、ストレスが去ったにも関わらずこの仕組みがクールダウンしてくれないと、かえって身体に負担をもたらす。これを「アロスタティック負荷」というが、これが脳に起こったのがうつ病ではないかというのだ。これは現段階ではあくまで仮説に過ぎないが、けっこう信憑性はありそうな気がする。ちなみにアロスタティック負荷は脳のなかの海馬を萎縮させるとも言われている。海馬が縮むと感情が湧きにくくなるのだから、うつ病の症状ともしっかりつながっているのである。

さて、結局私はうつ病であったかどうか、ということなのだが、とりあえず今のところは「ユウウツ状態」ではあっても「うつ病」には至っていないような気がする。というか、むしろ大切なのは「うつ病」という病気のカテゴリーに自分が入るかどうかではなく、今の「ユウウツ状態」が自分にとってもつ意味をしっかり把握することなのだろう。

いずれにせよ、本書はたいへんに充実したうつ病の解説書。細かい分類や学術上の議論に深入りしている部分もあるが、本質にさかのぼって人間のココロを知るにはオススメだ。ガンと同じく、「うつ」もまた避けて通れないのが現代社会というものなのだから、せめて良く知っておきたい。

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡 DSM‐IV‐TR 精神疾患の診断・統計マニュアル