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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1418冊目】頭山満『幕末三舟伝』

幕末三舟伝

幕末三舟伝

「三舟」とは勝海舟高橋泥舟山岡鉄舟のこと。奇しくも名に「舟」のついたこの3人が、幕末の動乱期にあってどれほどの忠義を発揮し、どれほどのきわどい局面を切り抜け、その行動力と胆力で時代を支え続けたか。本書はその生きざまを「見てきたように」活き活きと描き切っている。

しかもそこには、語り手である頭山満の眼が常に光っている。頭山満を人名事典ふうに説明すれば「ナショナリスト」「アジア主義者」「国粋主義者」なんて書かれることが多いのだが、いやいや、そんなありきたりの枠では、この人物のスケールは到底収まらない。

徹頭徹尾「無私」を貫き、中国の孫文朝鮮半島金玉均、インドのボースらを助け、途方もない視野の広さと懐の深さで、アジアや日本全体を広く深く見つめ続けてきた。右翼の大立者と言われつつ、リベラルの中江兆民と親しく交わったのは有名な話。

そんな大局観と肚の座り方、人間としての途方もない器のデカさは、そういえばどこか「三舟」と似ているところがある。彼らもまた、尊王・佐幕がぶつかりあった幕末の世にあって、肚をどっかりと据え、同時に視野を広く持ち、日本のあるべき方向をしっかりと見定めて行動を起こした人々であった。

日本史の教科書ではあっさりと書かれてしまう江戸城無血開城大政奉還が、これほどにきわどい、紙一重の状況で成し遂げられたとは思わなかった。いや、史実としては知っていても、実感を伴ったのは今回が初めてだったかもしれない。なにしろ当時の状況からすれば、日本は完全な内戦状態に陥ってもおかしくなかったのだ。

もしそうなっていれば、本書の中で英公使パークスが指摘するように、居留している外国人を守るべく英仏の軍隊がそこに介入し、結果として日本がインドや清国の二の舞になっていたこともまた、想像に難くない。そこをギリギリのところでかわしたのが、例えば鉄舟の官軍どまんなかへ乗りこんでの直談判であり、有名な勝海舟西郷隆盛との会談であったのだ。

彼らのような傑物があの時代に同時多発的に出現し、しかもしかるべき時期にしかるべき地位に就いていたことは、考えてみればとんでもない奇跡であり、日本にとっての幸運であったろう。余計なことかもしれないが、たとえば満州事変から大東亜戦争に至るあの時代に、もし一人の勝海舟、一人の西郷隆盛がいたら、果してあのような「敗戦」を迎えることはあっただろうか。

なお「三舟」の中では勝海舟の知略、山岡鉄舟の胆力のインパクトに比べ、高橋泥舟の忠義はいささか地味な印象が否めない。まあ、それが泥舟らしいといえば「らしい」ところではあるのだが、そうした地味な働きもまた、天下を動かす重要な役割を果たすことがあることを、本書は伝えてくれる。

泥舟の存在は、まさにそうした「縁の下の力持ち」の重要性を後世に示したのかもしれない。いや、実は私が本書を読んで一番好感をもったのは、実は泥舟の「地味な忠義」であったのだ。