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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1414冊目】松岡正剛α『松丸本舗主義』

読む・書く・話す

松丸本舗主義 奇蹟の本屋、3年間の挑戦。

松丸本舗主義 奇蹟の本屋、3年間の挑戦。

ついにこの日がきてしまった。

3年にわたり丸善丸の内本店4階に「君臨」した松丸本舗が、ついに今日でクローズする。

前代未聞の書店であった。文庫も新書も単行本も、それどころかコミックも画集も混ざった独自の棚には、「意味」と「文脈」が息づいていた。著名人の本棚を再現したり、杉浦康平の造本をディスプレイしたり、思いきった仕掛けが狭い店中に施されていた。BSE(ブックショップエディター)という「本の目利き」が店内で本をガイドし、読書法や贈書法のワークショップが何度も開かれた。

本の並びそのものが、知とはこういうものよ、本とはこんなに遊べるものよ、と行くたびに教えてくれた。職場と自宅の途中にこの松丸本舗があったため、この3年間は至福であった。いったい何度、この丸善4階まで足を運んだことか。

行くたびに新しい本との出会いがあった。なにしろ常に本が「動いている」し、何本もの「知の文脈」が入り乱れるようになっているので、何度見ても新たな本の並びに気づかされるのだ。

とはいえ正直なところ、オープンした時は(その時も初日に見に行ったが)、すぐ閉店してしまうのではないかと思っていた。あまりにもこれまでの書店と違いすぎる。ピンポイントで欲しい本を探しに来る人にはあまりにも探しにくい棚だし、だいたいそれなら丸善1〜3階で間に合ってしまう。ここに来るのはせいぜい一部の編集学校関係者や衒学的なマニアくらいで、あっという間に閑古鳥が鳴くのではないかと考えていた。

ところが不思議なことに、いつ行っても客足が絶えない。ビジネス街のどまんなかなのに、土日も人がいっぱいいる。自分の不明を恥じるとともに、よしよし、こういう本屋に人がいっぱい来るのなら、まだまだ日本も捨てたもんじゃない、と思わせられた。ベストセラーもビジネス書もほとんど置いておらず、ドストエフスキー幸田露伴が入口のもっとも目立つ場所に並んでいるような本屋にこれほど人が来るなんて、まったくもって予想外だった。

そんなに賑わっていたというのに、それが突然の閉店だという。最初に知ったときはびっくりした。いったいなぜなのか。どういう事情があったのか。こんな書店を閉じてしまうなんて、丸善は「本屋の良心」をどこかに置き忘れてしまったのではないか。あるいはひょっとして、もっと松丸で本を買わなかった私が悪いのか。

いろいろ勘ぐってしまったが、そのあたりの裏事情が、本書にはしっかり書かれている。本の紹介がすっかり遅れてしまったが、本書は500ページにも及ぶ「松丸賛歌」の一冊だ。本日、最終日の松丸本舗で先行販売されていたのを入手、そのまま一気読みした。各界からのメッセージや松丸3年間のクロニクルも面白いが、なんといっても冒頭、これだけで一冊の本くらいの分量がある松岡正剛の文章「松丸本舗の旋法」が圧巻だ。

もちろんそこでは、松岡正剛自身によって、松丸立ち上げから閉店までの経緯のいっさいが明かされているのだが、それだけではなく、本というもの、読書という行為、本屋という場所についての松岡流哲学がびっしりと開示されている。特に「図書街」構想から松丸本舗実現への流れをみると、松丸本舗は松岡構想のごく一部にすぎなかったことがわかり、愕然とする。

そして、冒頭で書いたようなさまざまな取組みの奥にあった思想のプランに驚かされる。なんという「発想」と「企み」の折り重なりの上に、ああいういろんな仕掛けや本棚の構成やイベントがあったことか。ここにあるのは単なる「裏事情」なんてものじゃない。本と読書と書店にまつわる膨大稠密なコンセプトが松丸本舗というリアルな書店に化けるまでの、壮絶なエディティング・プロセスである。願わくばこの文章を、松丸が閉じる前にこそ読み、その上であの棚を味わいたかった。

さて、松丸本舗はたしかにクローズする。しかし、そこで蒔かれた種子はいつか、いろんなカタチで芽を出すことだろう。そのための期間として3年間はあまりにも短かったが、それでも本書に寄せられた膨大なメッセージを読めば、そのミームがしっかりと伝わっているのはわかる。

そして何より「こういう書店があった」と知っているかどうかで、これからの書店に対する眼が確実に変わってくると思うのだ。否、「松丸」を体験した私自身の眼が、変わっているはずなのである。ベストセラーばかりを並べた本屋の、いかにつまらないことか。amazonの機械的なリコメンドシステムの、なんと浅薄なことか。googleアルゴリズムも結構だが、やはり本は、人が並べないと「意味」も「文脈」も「関係」もつくれないのだ。松丸本舗は、そのことをあらためて認識させてくれた。

それにしても、やれやれ、丸善もまた、これでそのへんにある「つまらない書店」に戻ってしまった。残念至極。今度はどこに、「次の松丸」が現われることだろうか。というか、むしろ私自身、できることならそのお手伝いをしたいくらいだ。まあ、なんだか最近、公務員の仕事にもちょっと飽きてきたことだし……。