自治体職員の読書ノート

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【1395冊目】山口定『ファシズム』

ファシズム (岩波現代文庫)

ファシズム (岩波現代文庫)

ここのところ、何冊かに一冊の割で、ファシズムナチズムに関する本を読んでいる。

もちろんそこには私なりの関心や意味があるのだが、その点についてはおいおい書くこととして、そのなかでずっと気になっているのは、戦時中の日本というのは「ファシズム」であったのかどうか、ということだ。

もちろん「ファシズム」というレッテル貼りをすることにはあまり意味はない。しかし、ファシズムという概念をしっかり足固めした上で、ムッソリーニのイタリアやヒトラーのドイツと比較して当時の日本を論じることには、比較論としての意味があるように思われる。その点、本書はファシズムそのものの本質をきちんと分析した上で、イタリア、ドイツ、日本を並べて議論していくという仕立てになっていて、まさに私が今、読みたかった内容どんぴしゃりの一冊であった。

とはいえ、実はファシズムは定義すること自体がたいへん難しい。一般的定義を掲げることはできるが、なかなかそれに包摂しきれない部分も多く、著者もそのあたりはたいへん苦労した跡がうかがえる。ちなみにファシズム識別の主要な指標として著者が挙げているのは、次の4点だ(p.33)。

1 一党独裁と「強制的同質化」と呼ばれる全面的組織化
2 自由主義的諸権利の全面的抑圧、政治警察を中心とするテロの全面的制度化
3 「新しい秩序」「新しい人間」形成に向けた大衆動員
4 上からの「権威主義的反動」と下からの「擬似革命」の政治的同盟

この指標は本書の冒頭近くで挙げられているものだが、読み終わってここに戻ってみると、本書の内容自体がみごとにこの4点に収斂していて驚かされる。特に「強制的同質化」と「権威主義的反動と擬似革命の政治的同盟」が重要だ。

さて、では日本の軍国主義ファシズムであったかどうか、ということだが、結論からいうと、著者はこれをファシズムの一種と解釈する。上の4点でいうと第3点の「大衆動員」は日本にはあてはまらないが、「一党独裁と強制的同質化」や「テロの全面的制度化」はまさに該当する。また日本のファシズム丸山真男いうところの「上からのファシズム」であり「権威主義的反動」がメインだったが、その前段として青年将校たちによる「擬似革命」としての2・26事件等があったことは忘れてはならないだろう。

また、ナチス・ドイツと比べて日本は「そこまでひどくない」からファシズムにはあたらない、という論調もあるが、それに対して著者は、むしろナチズムのほうが極限状況であり、これをファシズムのモデルケースと見ること自体が誤りであると指摘する。少なくとも、当時の日本の状況がファシズムの主だった特徴の大半を備えていたことは間違いない。

本書は当時のファシズムを運動、思想、体制に分けて大きく整理、分析したもので、オリジナルの刊行が1979年であることを考えると、相当に充実した一冊といえる。日本を含むファシズム国家をめぐる議論の大事なところは、たぶんほとんどここに入っているのではないか。

さて、ここでむしろ私が気になるのは、では今後「ファシズム」が現われることはあるのか、ということだ。

思うに、ファシズム自体は、あの時代に同時多発的に世界各国で生じた政治体制であり、ひょっとすると、資本主義の行き詰まりと共産主義の台頭、第一次世界大戦の後遺症と植民地主義の限界などの特殊要因によって生まれた「近代化のあだ花」であったのかもしれない。その意味で、他の本の紹介でも書いたような気がするが、ムッソリーニのイタリアやヒトラーのドイツのような「わかりやすい」ファシズムの再現というのは、さすがにちょっと考えにくい。

だが、ファシズムに比肩すべき危険で有害な政治体制が生まれる可能性自体は、決して否定できない。むしろ今の日本は、いろんな意味で、そういう危険性がガスのように充満しているように思われる。だからこそ今、ファシズムについて謙虚に学ぶ必要があるのである。ちなみに当時迫害されたのはユダヤ人や共産主義者であった。今迫害されそうなのは「公務員」では……いやいや、ジョークですよ、ジョーク。

大阪あたりに公務員向けの強制収容所ができないことを、切に祈る。