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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1383冊目】ポール・ギショネ『ムッソリーニとファシズム』

ムッソリーニとファシズム (文庫クセジュ (566))

ムッソリーニとファシズム (文庫クセジュ (566))

二酸化炭素削減」から「禁煙」まで、いまや何でもかんでも「ファシズム」と呼ばれる今日このごろであるが、その「元祖」がムッソリーニ政権下のイタリアである。本書はファシズムの本家本元に焦点をあてつつ、その本質をさぐる一冊だ。

とはいっても、この問題はなかなか一筋縄ではいかないところがある。ムッソリーニファシズムは、はたしてどの程度「イタリア固有」の問題であり、どの程度普遍的で共通性のあるものであったのか。たとえばナチズムファシズムはどう違ったのか。当時の日本の軍国主義は「ファシズム」だったのか。

とはいっても、本書は、その答えを直接に示しているわけではない。むしろ当時のイタリアの個別事情をひとつひとつ丁寧に浮かび上がらせることで、「ムッソリーニファシズム」「イタリアのファシズム」の実像を深彫りする一冊となっている。

特に、ベニート・ムッソリーニという異形の人物の存在を抜きにして、イタリアのファシズムを語ることはできない。本書によると、ムッソリーニ「きわめて多様性に富み、矛盾の塊のような」(p.40)性格の持ち主であったという。若いころは社会主義反戦主義を主張していたが、ある日突然転向し、国家主義と領土併合主義を叫ぶようになった。さしたる政治的定見を持たず、いわば風見鶏のように主義主張をコロコロ変える人物であったらしい。にもかかわらず自己顕示欲が強く、弁論の才に恵まれ、コトバで群衆の心を捉える才能があった。

ジャーナリストであったムッソリーニが「イタリア戦闘団」(ファッシ・イタリアーニ・ディ・コンバッティメント)を発足させたのは1919年だった。その時ムッソリーニが飛ばしたとされる「檄」はたいへん象徴的である。

「われわれは、時と場所と状況とに応じて、貴族主義と民主主義、保守主義進歩主義、反動主義と革新主義、合法主義と無法主義を思いのままに使いわけようではないか」(p.47〜48)

はっきりいってムチャクチャであるが、これがファシズムなのである。つまりファシスト党とは、ある意味ムッソリーニそのものなのだ。彼らは明確な政治的主張を示すわけではなく、ただ社会党カトリック教会への攻撃や時流に乗った勢いのある発言で支持を集め、当時の政治や社会に対する民衆の不満につけこみ、政治的混乱に乗じるかたちで一気に政権を獲得してしまったのだった。

このあたりもまた、安易な比較はしたくないのだが、どうしても今の日本にオーバーラップしてみえてくる。明確な政治的主張を示すことなく、「敵を叩く」ことと「人々の不満につけこむ」こと、そして「実行力がある」ことで支持を得ているどこぞの首長をムッソリーニになぞらえるつもりはないが(その彼が作っている某政治団体をファシスト党に並べるつもりもないが)、それにしたってあまりにも似ていて薄気味が悪くってしょうがない。

そしてまた、ムッソリーニを迎え入れた当時のイタリアの政党や政府も、また現代日本の、某首長の発言に一喜一憂し、味方に取り込もうと四苦八苦している政治家とそっくりではないか。科学技術は進歩しても、人間の政治なんてろくに進歩などしないのだ。だからこそ「歴史に学ぶ」ことの必要性が、いつになっても叫ばれるというわけだ。