自治体職員の読書ノート

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【1371冊目】米原万里『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

ロシア語同時通訳者かつ名エッセイストの著者は、9歳から14歳までの間、プラハソビエト学校に通うという異色の経歴をもっている。50カ国以上から来た子供たちが通っていたという、ある意味伝説的な学校だ。

本書はその当時の思い出と後日談をからめて語ったノンフィクション作品……なのだが、読んでびっくり、並大抵の小説よりはるかにおもしろい。著者自身の個人史と、冷戦まっただなかのチェコスロバキアルーマニアユーゴスラビアの政治史・社会史が混ざり合い、ぶつかりあう。それが教科書的な「上から目線」ではなく、徹頭徹尾、著者自身の目を通して(「横から目線」というべきか)描かれているのだ。

しかも本書はただの思い出語りではなく、ソビエト学校時代の友達を大人になってから訪ねるという構成がとられている。つまり、共産党支配どまんなかの少女時代と1990年代の大人時代が二重進行するのである。そのなかで、当時の経験や会話の意味を大人の目で解きほぐすという仕掛けが効いている。子供のころはわからなかった政治的状況やその中におかれた同級生の境遇が、30年後になっていろいろと見えてくるのだ。このあたりの話のハコビは、さすが語りの名手だけあってめっぽううまい。

収められているのは「リッツァの夢見た青空」「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」「白い都のヤスミンカ」の3篇。青、赤、白という色のコントラスト(今気づいたんだけど、これってトリコロールですね)も含めて、このタイトリングが絶妙だ。

ギリシア人のおませなリッツァ、ルーマニア人(実はユダヤ人)で嘘と矛盾をたくさん抱えたアーニャ、いつも冷静で超然としているユーゴスラビアから来たヤスミンカ。みんな際立って個性的で、しかもチャーミングでユニーク。こういうクラスメートに囲まれたソビエト学校での日々は、さぞ刺激的だったことだろう。そんな日々を綴った文章は、いかにも楽しげでほほえましい。しかし、その影に隠されていたいろんな「大人の事情」が暴かれるにつれて、無邪気で素朴にみえたソビエト学校での日々にも、別の顔があったことがわかってくるというワケだ。

個人史と世界史がみごとに融合した、ノンフィクションの傑作。オススメ。