自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1367冊目】三木義一『日本の税金 新版』

日本の税金 新版 (岩波新書)

日本の税金 新版 (岩波新書)

消費税の増税がどうやら現実化しそうである。思えば今のねじれ国会のキッカケは、管前首相の消費税増税発言による民主党参院選大敗であった。アレがなければ、今の政治風景はだいぶ変わっていたに違いない。今も昔も、増税は政治のアキレス腱なのだ。

減税を謳えば支持率が上がるとは限らないが、少なくとも、増税を言えば民意にそっぽを向かれるのが現実だ。しかし、そもそも増税や減税について的確な判断ができるほど、われわれは税についてよく知っていると言えるのか。だいたい、日本のこの複雑怪奇な税制について、いったい誰が正確に理解しているというのか。

税について知ることは、国家の歳入について知ることであり、つまりは国家財政について知ることである。しかし現実に、私自身も含む大方の国民が、税についてろくすっぽ知らないのはなぜか。源泉徴収制度で負担感が弱められているためか、全体の構造を示さず表面的な批判ばかりを繰り返すマスコミのせいか、それとも相変わらず税金といえば「お上に取られるもの」という認識で、自らの政府を自ら運営するという意識を欠いた国民の問題か。

まあ、実際いろいろ理由はあるのだろうが、今の税制の必要以上の複雑さが理解する気を削いでいる、という点は否定できない。税のシステム自体について、きっちりと国民に理解してもらおうという意欲が、国(特に財務省)や自治体に乏しい、ということもあるだろう。

もっとも、税制が複雑なのは税負担の公平性を意識した結果、ともいえるので、この点は議論が少々難しい。だいたいこういう制度は、簡素にすると不公正だと叩かれ、公正さに配慮すると複雑だと叩かれるというジレンマを抱え込んでいる。

なにはともあれそういうわけで、あまりにも屋上屋を重ねて迷宮のようになってしまった日本の税制について、わずか新書一冊で解説してしまったのが本書である。所得税、消費税、相続税、固定資産税など主要な税目を網羅しているのはもちろん、客観的な解説のみならず、現行税制について問題点の指摘や対案の提示まで行っており、税務当局に対してはやや辛口だが、非常によくできた入門の一冊といえる。

税金を給料としていただいて暮らしているクセに、税金について自分がいかに無知であるかが嫌というほどわかり、読んでいて冷や汗が出る。中でも一番びっくりしたのは、酒税の話。酒税の負担率はアルコール度数で決まっているものと種類によって決まっているものがある(いわゆる高級酒は税率が高く、大衆酒は低い)のだが、なんと日本の庶民を代表する大衆酒であるビールの酒税は、1リットルあたり220円と、ほとんど高級酒の負担率になっているというのである。ちなみに清酒は1リットル120円、ウイスキーやリキュールはアルコール1度あたり10円である。

なんで「とりあえずビール」のビールがこんなに高いのか。著者によれば、たしかにかつてビールは「舶来の高級酒」であった(1950年代の話である)。当時のビールといえば家庭ではなく高級な料理店で消費される酒であり、そうした料理店に出入りするのは社会的に裕福な層の人々であった。

ところが冷蔵庫の普及に伴い、ビールは一般家庭で飲まれる「大衆酒」化が進み、今やサラリーマンのお父さんにとって晩酌の定番である(いや、今は発泡酒や「第三のビール」のほうが定番かもしれないが……)。

それがいまだに税の世界では高級酒扱いなのは、ひとえに財務省の「なし崩し戦略」にある。ビールは酒税収入の8割を占める「金の卵」であり、しかも納税義務者である製造者は大企業なので確実に徴収できる。酒税は内税表記なので消費者も文句どころか気づかない、というワケだ。まったくひどい話である。

これに対抗して生み出されたのが発泡酒だが、その後の酒メーカーと税務当局のイタチゴッコについては長くなるので省略する。しかしこれが一事が万事、実は税の世界には、複雑さの中にまぎれていろんな不合理や理不尽が存在する。その背景には、日本特有の政治的事情があると著者は指摘する。

欧米ではふつう保守政党は減税・低福祉を謳い、革新政党増税・高福祉を訴える。政策の中身を考えれば、それがスジというものであるはずだ。ところが日本では、どうしたワケか保守革新揃って減税の大合唱である。にもかかわらず福祉は中から高を維持せよというのだから、右肩上がりの高度成長期ならともかく、今のような低成長時代にそんなことができるワケがない。日本が世界に冠たる「赤字大国」になったのは、理由のないことではないのである。

野田政権の消費増税については、いろいろ言いたいことはあるのだが、一般的な見方をすれば、革新政党としての民主党の本来に戻ったというべきなのかもしれない(マニフェスト云々はともかくとして)。むしろ増税に乗った自民党のほうが、保守政党の理念からすれば迷走していると言えなくもないが……このあたりの、税システムに負けず劣らず複雑な政治事情について書くと長くなりそうなので、またの機会に。

とにかく、税を知ることから逃げては、日本の財政も政治も語れない。そのことが骨身に沁みてわかる一冊であった。