自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1359冊目】眞淳平『人類の歴史を変えた8つのできごと』

岩波ジュニア新書。2冊組で、計500頁超のボリューム、というのにまずびっくりする。しかしその内容を見ると、今度はよくぞこの分量にまとめたものだ、と逆方向のサプライズが待っている。

なにしろこの本、たった「8つ」の要素を切り口に、世界の歴史を一気通観するという、かなり果敢な一冊(二冊か)なのだ。その8つとは、「言語」「宗教」「農耕」「お金」「民主主義」「報道機関」「科学技術・産業革命」「戦争」。報道機関が入っているのがちょっとおもしろいが、まあオーソドックスな選択といえるだろう。

ポイントは、その「起こり」(起源)だけではなく、一つのテーマで世界史全体を古代から現代まで一刀両断しているところ。例えば「言語」なら、コトバの始まりから「グロービッシュ」や少数言語の消滅まで、「報道機関」なら古代ローマの壁新聞からインターネットの台頭まで、といった具合に、いわば世界史全体が8回にわたってなぞり直されているわけなのだ。

考えてみれば学校で学ぶ「世界史」は、古代から現代までをほぼ時系列でたどるという「単線」の歴史であった。政治も経済も文化もひっくるめて、とにかくひとつの流れの中に押し込めてしまっていた。

しかし本書における世界史は、そうではない。それぞれのテーマごとに、歴史が「複線」で語られるのだ。しかもこの8つのラインは、完全に独立しているわけではなく、微妙に重なり合い、影響しあっている。それが実に面白い。歴史は決して単一のものではなく、むしろ複数的、かつ重層的なのだ。本書を読んでいると、そんなことに今さらながら気づかされる。

そして、古代から現代までを8往復もさせられるうちに、もうひとつ見えてくるのが、現代という時代の特異性だ。言語から戦争まで、人類の歴史をかたちづくり、彩ってきた要素が、どうしたわけか揃って現代になって大きく変容し、失われつつある。そんな共通点が、本書を読むうちに見えてくる。

「言語」なら上に書いたように、多様化した言語が英語の席巻により失われつつある。「宗教」なら、先進国を中心に宗教離れが顕著になっている。「農耕」では、長い年月をかけて堆積してきた土壌がすさまじいスピードで流出している。「お金」では、コインから紙幣へ、そして目に見えない電子マネー、さらには金融工学とマッドマネー資本主義に至り、貨幣の本質さえ危うくなっている。

「民主主義」は官僚主義や政治の形骸化へ、「報道機関」はインターネットに押されたメディアの衰退と取材能力の低下、「科学技術」は原子力に代表されるように安全性や環境を軽視した技術の暴走、そして「戦争」は無人兵器の横行やサイバー戦争など戦争形態の多様化。もちろんすべてがマズイ方向へ変わっていっているわけではないが、それにしてもこれからいったいどうなるの? と不安にならざるをえないほど、人類史をかたちづくってきた重要な要素が根本的に変わりつつあるのが現代という時代であるようなのだ。

いずれにせよ、本書はたいへんユニークで刺激的な「世界史」の本。世界史の教科書にせよ、とまではいわないが、世界史を学んだ高校生や、これから学ぶ中学生にはぜひオススメしたい(もちろん、歴史を学び直したいオトナのみなさんにも)。世界史の、一筋縄ではいかない多様性と重層性が見えてくること請け合いだ。