自治体職員の読書ノート

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【1355冊目】ドナルド・ケトル『なぜ政府は動けないのか』

なぜ政府は動けないのか: アメリカの失敗と次世代型政府の構想

なぜ政府は動けないのか: アメリカの失敗と次世代型政府の構想

政府と行政機構の抱える問題を解き明かしつつ、民営化とNPMの「次」を提示する一冊。

「官から民へ」の掛け声のもと、行政部門が抱えていた少なからぬ量の業務を「民間」が担うようになってきているのはご存じのとおり。一方、行政機関自身もまた、NPM(新公共経営)の理念のもと、成果主義をベースにした行政「「経営」を志向するようになってきている。

しかしこうした「民営化」と「NPM」も決して万能ではなく、実際にはさまざまな弊害をもたらしている。その典型例のひとつが、本書で大きく取り上げられ分析されている、ハリケーン・カトリーナへのアメリカ政府の対応であろう。

アメリカ政府は(そして日本も)、行政と民間企業が複雑に絡まり合ったネットワークを構築し、ことルーティン業務については、おそろしく精巧で的確なシステムをつくり上げている(著者はそれを「自動販売機モデル」と呼ぶ)。

チャリンとお金を入れてボタンを押せば、ブラックボックスの中で機械が作動し、欲しい飲み物を間違いなく手元に届けてくれる、という意味だろう。日本で言えば、国民健康保険介護保険国民年金は、まさにその「ブラックボックス」の中がメチャクチャだったことが分かって、社会保険庁がだいぶ叩かれたワケだが)、あるいは水道や交通機関の運行などがそうした「自動販売機モデル」にあたるだろう。これまでの「民営化」もまた、多くはこうしたルーティン業務の一部を民間に移譲し、モニタリングすることを意味していた。

ところがこうした精緻きわまりないシステムが、ハリケーン・カトリーナへの対応ではうまくいかなかった(日本では、言うまでもなく東日本大震災だ)。その理由は、まさに「ルーティン外」の業務にルーティンの方法で対応しようとしたことにある。

「ハリケーン・カトリーナはアメリカ史上最大の行政の失敗とも言われるが、その最大の悲劇は、故意に対応を誤った職員はひとりもいなかったということだ。だれもが懸命に教科書に従った。それどころか、教科書に従ったからこそ、カトリーナへの対応は失敗した。教科書が問題に合っていなかったからである。既存のルーティンは対応を容易にするどころか不能にした。地図にない問題をうまく管理できるようなシステムではなかったのだ」(p.37)

自治体職員としては、こうなるとまったく立つ瀬がないような気もする……が、しかし著者が示す解決策は、むしろわれわれに光を当ててくれるものである。それを著者は「ロケット科学モデル」と呼ぶ。その拠って立つ7つの原則は、まさに自治体職員にとっての大原則でもある。

1 明確な目標(同時に達成可能であること)
2 効果的なプレゼンス(しかるべき資産や人材を、しかるべき時に、しかるべき場所へ配置することこそ指揮官の役割)
3 一体的な取組み(一人の責任者のもと、あらゆる人・組織がひとつの方向に向かう)
4 現場の努力(これ、これですよ。われわれの存在意義はここにしかありません)
5 柔軟性(手元の限られた資源を利用するには、頭の柔らかさが必要)
6 リスク管理(自分が救助を求める身では、他者の救助はできない)
7 慎み(相手が人間であることを忘れない)

思えば東日本大震災でも、自衛隊や消防隊の方々が見せてくれたのは、まさにこうした現場の臨機応変の集大成であった。ハリケーン・カトリーナに非常にうまく対応した沿岸警備隊「これほど下位職員に多くの責任と権限を与えている組織はほとんどない」(p.193)と自認していたという。的確で大胆な権限移譲もまた、「ロケット科学モデル」には不可欠であろう。

本書はこうして、契約とモニタリングでがんじがらめになり硬直化した「民営化」と、成果を制御できず誰も責任を負えなくなった「NPM」(p.218)に続く新たなガバナンス・モデルを提示する。もちろん、行政にルーティン部門がなくなることはない以上、精密な「自動販売機モデル」はこれからも必要だ。問題は、これをいかにスムーズに、柔軟で機動的な「ロケット科学モデル」にスライドできるかであろう。思うに国や自治体の行う「災害対策」とは、要するにこの移行をうまく行うための下準備がどこまでできているか、というその点をいうのではなかろうか。