自治体職員の読書ノート

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【1353冊目】車谷長吉『文士の魂・文士の生魑魅』

文士の魂・文士の生魑魅 (新潮文庫)

文士の魂・文士の生魑魅 (新潮文庫)

タイトルからはどんな本だか分かりづらいが、これは著者が今まで通りぬけてきたさまざまな本について語った一冊である。とはいっても、書評ではない。むしろ本について語りつつ、それを読んだ自分自身について同時に語っているような、そんな本なのだ。

取り上げている本はけっこう幅広い。こないだ読んだ北條民雄の『いのちの初夜』が出てきたのにはびっくりしたが(「一読、自分の魂が戦慄させられ、全身の細胞が凍るほどに恐ろしい小説」と書かれている)、他にも純愛小説、伝記小説、大衆小説、エロ小説、恐怖小説、私小説と、ほとんどありとあらゆるジャンル(ただし小説関係)の中から、実に面白そうな作品ばかりをピックアップしてくれており、ブック・ガイドとしても秀逸な一冊となっている。

しかし、読んでいて私が唸らされたのは、そうした本に対する知識や見識、あるいは本を評する技巧よりも、冒頭に書いたように、本そのものについて語るように見せて、実は本によって穿たれた自分自身について語るというスタンスであった。

いや、むしろ本来、本について語るとはそういうことなのだろう。本そのものを純然たる客体として扱うのではなく、その本を読むことによって自分自身に刻印されたもの、本によって自分の魂に刻みつけられた「痕」、穿たれた「穴」に着目すること。特に、いやしくも「読書ノート」などと銘打っている以上、私が書くべきは本自体というよりも、私という粘土のカタマリにその本がどんな穴をあけ、どんな色合いをそこに残したかということのほうであるはずなのだ。本の内容など、忘れてもよいのである。問題は本そのものではなく、私という人間とその本が交錯し、斬り結んだ痕跡でなければならない。そういう意味で、本書は私にとってはかなりショッキングな一冊だった。

したがってこの本について言えば、読むことによって、車谷長吉という作家自身について、彼が読んできた本を鏡として知ることができる。ちなみに、著者が近代日本の小説ベスト3に挙げているのは、夏目漱石明暗』、幸田文『流れる』、深沢七郎楢山節考』。スゴイ三冊だが、これだけで、著者がどんな作家であり、どんな人間であるかということが、じわりと伝わってはこないだろうか。

いのちの初夜 (角川文庫) 明暗 (新潮文庫) 流れる (新潮文庫) 楢山節考 (新潮文庫)