自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1326冊目】ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

ドミニカのオタク青年という設定が、まずもって面白い。バリバリのラテン系、生まれついてのプレイボーイ揃いのドミニカ系アメリカ人の中で、オスカーはデブで運動不足の、RPG(テレビゲームじゃなくって、テーブルトーク・ロールプレイングゲーム(TRPG)というやつ)や「指輪物語」などのファンタジー小説、あるいは日本のアニメ(「AKIRA」とか)にずっぽりハマり、「他のみんなが初恋や初デートやファースト・キスの畏れと喜びを経験していたころ……教室の後ろの方に坐り、ダンジョンマスター・スクリーンの向こう側から、自分の青春が流れ去っていくのを眺めていた」(p.36)というようなタイプの男だった……って、これってつまり、私自身の中学生時代にモロ重なるんですけど……私も当時TRPGにハマり、指輪物語はバイブルで、AKIRAに衝撃を受け(あ、それはもうちょっと後だったかも)、将来はRPGの制作者になりたいとマジで思っていた(特に共感するのはオスカーが「ドラゴンランス」シリーズを読み耽り、なかでもレイストリンというキャラが一番好きだったというくだり。まあ、分かる人だけ分かればいいです)。

そういう個人的な思い入れはさておき、ではこれは「オタク青年が実人生に目覚めて奮闘するお話」なのかというと、いやいや、コトはそう単純ではない。なんと本書は、このオスカー君に始まり、章ごとにその姉ロラ、母のベリ、さらにその父のアベラードと、次第に家族の歴史を遡っていくのだ。つまりどういうことかというと、本書は『百年の孤独』のドミニカ版・時間遡行バージョンなのである。

そして、その「血の歴史」の随所に登場し、大きな影響を与えてきたのが、ドミニカにかつて君臨した最悪の独裁者トルヒーヨなのだ。そこらの「独裁者」など足元にも及ばぬその悪辣さ、残虐さ、国家を私物化する悪逆非道の数々を、実は本書は最初のあたりから、膨大な「注釈」でしっかり書き込んでいる。つまり本書は、読み進むにつれて、オスカーやロラの話の注釈でやたら細かく語られていたトルヒーヨの時代の悪夢が、アベラードの章でついに本文と合流するという仕掛けになっている(ちなみにこの「注釈」(原註)の細かさは本書の特徴のひとつで、細かい字でびっしり書いてあるが、良く読むとすっごく面白いのでおっくうがらずに読んでおいたほうがよい。なおそれとは別に訳者による割註もめっぽう豊富で、こちらは主にRPGオタク用語への注釈となっている)。

そして気がつくと、本書はオスカーに至る一族の系譜を描いているようで、実は「ドミニカ」そのものを綴る絵巻になっている。トルヒーヨだけではない。ドミニカというものの政治から文化から習俗から何から何までが、本書には濃縮されて詰め込まれている。オスカーという、ある意味もっとも「ドミニカらしくない」人物を主人公に設定したことで、かえってドミニカというものが浮き上がってくるところに、著者の巧さが光っている。

本書はアメリカで出版され、ピューリッツァー賞と全米批評家協会賞を受けた。しかし、むしろこの本はマルケスリョサ(本書にはドミニカを描いた「よそ者」リョサへの反発が滲んでいる)に匹敵する、ドミニカを舞台にしたラテンアメリカ文学の傑作として見るべきであるように思われる。

さて、いろいろ小難しい書き方をしてしまったかもしれないが、最後に、これがムチャクチャ面白くて読みやすいことは強調しておきたい。エンターテインメントとして、またオスカーをめぐるユーモラスなラブ・ロマンスとしても、本書はとんでもなく傑作なのだ。特に「オタク」であった男たちは、ぜひ読むとよい。勇気と希望をもらえます。

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